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2008年8月20日 (水)

クアトロポルテと暮らしてみませんか〜ガンディーニの疾駆するオブジェ(ちょっと一息コラム)

毎日、当ブログをご贔屓頂いて誠に有難うございます。特に毎度コメントを賜る「常打ちメンバー(笑)」の方々、当ブログでは、その一々にお返事をするコトはあえていたしません(そうしないと、このブログが当店関係者ダケの排他的な空間になってしまうような気がするもんで、ごめんなさい。広く色んな立場のヒトがコメントを寄せてくれることを祈っております)が、その一つ一つを有難く、嬉しく思っております。ブログ更新へのモチベーション維持のために(笑)、これからもドシドシご意見をお寄せくださいね。あっ、そうそう、ブログランキングってのにも参加してますんで、画面右下方のランキングスイッチも必ず押して下さると有難いです。木戸銭代わりに宜しくお願い申し上げます。
さてさて、ちょっと一息コラムなんですが、以下、クアトロポルテ内外装ネタの締めです。
イタリアは、よく巷で「デザインの国」と云われています。もっとも近年では、品質・性能が伴わないことが多いことから、若干揶揄の意味が込められていることもあるようです。けれども私達は、あえて、こう云いたい。「デザインは性能のうち」であると。エコだエコだと云いますが、納車のその日に飽きるデザイン(それは早期の買い替えを誘発する)の凡庸なクルマを溢れさせておいて、また、その製造時に大量の鉄板と合成樹脂を必要とする表面積の広大な形状の「ミニバン」と称する実はどでかいクルマたち(7人乗りのクルマに1人か2人で乗ってるのをよく目にするけれども、せめて軽にしろ!と叫びたくなる時ありませんか)をブームにしておいてエコもないもんだと思います。
まだまだ使えるクルマたちをどんどんお払い箱にするなんて、それこそもったいないもいいところだと思いませんか。また、カタチのいい物に囲まれた生活は、たとえシンプルでもビンボーくさくなりません。使い慣れたグッドデザインの万年筆(いや300円の良く出来たボールペンでもいい)は、悪いけど100円ショップのインクがすぐに出なくなるボールペンとは、設計の思想、材料の吟味から根本的に違います。ハサミ、カッターナイフ、缶きり、みんな同様。
最近では日本の一流ブランド電気製品も、海外生産の廉価品を、特に「一円でも安く」と、安売りで鳴らす大手小売店で購入した場合には。信じられないくらいに早い時期に壊れていくような気がします(これはあくまでも、ワタシ自らの体験からくる私観に過ぎませんが)。それがまた、さして酷使もしないのに、ハンで押したように保障期間のちょうど終わった直後「1年と一ヶ月」でぶっ壊れるもんで、ネラってやってるんだったらスゴイ技術力だよなあ、と、むしろ感動すら覚えます。

そんな使い捨ての思想は、「豊かさ」の実感を生みません。コンビニで買った弁当も、キチンとした器に移しかえて食べれば、「ちょっとは嬉しい」ものです(昨日の晩もやってみました:泣)。なんでも、目先の金額の高い安いでモノを選ぶのをやめたら(まっ、自分もなんですけどね:笑)、ちょっといい物を手に入れて大事に使うようにすれば、もっと「豊かさを実感」できると思いませんか。悲しいかな、人間には、飽きる」とか、「マンネリ」とか、と言った習性があるようです。ですから、よく「一生もの」なんて言い方がされますが、長寿になった昨今、現実に一生使われる事、ましてや、代々受け継がれて使われるモノは非常に少ないと思われます。クルマはその価格が高い上に、長期間維持するには消耗品も多く、流行にも過敏で、とても一生ものには出来そうもありません。それがまごうことなき現実です。けれども、「一生もの」の思想、「モノを大切にする心」は大事にしたいじゃありませんか。
イタリアンデザインの精華は、「ひと目惚れ」させるパンチ力。「厭きる暇(あきるいとま)」をあたえない内面からにじみ出る濃密さが身上です。私達はその誕生以来、初めて幕張の外車ショーで「お立ち台」に麗々しく飾られた雄姿に心躍らせてこのかた、「ガンディーニ・クアトロポルテ」の信奉者になってしまいましたが、現行の「ピニンファリナのクアトロポルテ」とはまた違う魅力の「オブジェの力感」「手作りの温もり」は全く旧さを感じさせません。この魅力を一人でも多くのヒトに味わって頂きたいと念じて、経年により、買いやすくなった今こそ、高品質リーズナブルプライスで「ガンディーニのクアトロポルテ」を一生懸命供給してまいります。
思えば人生は一度きり。耐久消費財の自動車を一生のうちに何台乗り換えることができましょう。願わくば「一生もの」足りえる様な「厭きない」クルマ造りをしていきたいものだと念じております。

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コメント

蝉夫です。物事の取り方で、色々と変わります。安物買いの銭失いと良く言いますが、物事近視眼的に見るか、少しロングタームで見るかによって変わって来ます。結果少し高くても品質が良い物の方が長く使えますし、故障も少ない。長期的に見ればエコなんですよね。しかし結構近視眼的に考え安い方を選ぶ人が多いのも事実。安い物は例えば一年で壊れる。買った値段を365日で割って見る。それより50%高い物を買うと少なくとも3年は使えるそしたら価格を3年で割って見る。さて、どちらが得か??と言う計算をしてみるべきなんだと思います。結果1日辺りのコストは50%増の方が安い訳です。で、デザインは多分飽きが来づらいデザイン。これ、結果的にはエコなんですよね!
車は感性で選ぶもの。コストダウンしてプラスチッキーだと、質感が無いから安く見える。と、大切にしない。と、車はグチャグチャ。飽きる、売る、新しい何かを買う。と言うパターンにはまりこむ。。アメリカでマセラティが撤退をする前の年にキャンペーンを張りました。その時のキャッチが最高!

貴方の人生は一度っきり! マセラティで楽しんで!と言うものでした。You only live Once! Do it in your Maserati ! これはイタリアンの車作りの姿勢を良く表して居ますよね!

「常打ちメンバー?」のSです。
その通りです。排他的はいけません。
特にこういった変り種(ホントはそう思ってない)を扱う空間では
そうなりがちなので…。

因みに私自身も、マセラティの宗教的信望者ではありません。
現にマセラティに乗ってもいないのに、お邪魔させて頂いてる昨今。
(図々しくてすいまソン)
また特別、カーマニアでもありません。
強いて言えばヘンなイタ車は大概好き…。か?
ごく稀にランチアカッパなんかが走ってるのを見ると
「あんなの買ってバカだな〜。俺も乗りたい。」とか思う程度です。
(比喩表現ですよ比喩。カッパの方誤解されませんよう:笑)

で、内装の話ですが「マシン」って感じを殆ど受けないんですね〜。
本来、二律背反するだろう癒しと刺激が絶妙に同居してるような、
不思議な印象を持ちますね。
極端に言うと恋愛感情にも近いような…
まぁ、これは外装にも言えることですが。
使い古された「走る応接室」だの「イタリアンクラシック」だの何か貧乏臭い
表現は余り好きではないんで、何か巧い言葉ないですかね〜。

たしかに考えれば、運転出来なくなるまでにあと何台乗れるだろう?
IT長者でもない市井の自分。
ならば、マセラティの様な車を永く愛でて行くのもひとつ悪くない。

ビトルボの車検で訪問した時にお会いしたUさんの純白のクワトロポルテ、眩いばかりの高貴なオーラが印象的でした。この名門貴族のような「高貴感」というのは、今のクルマではなかなかお目にかかれません。
暑いのであまり乗ってませんが、ビトルボはおかげさまで好調です。彫刻のような精悍なルックス、もちもちした茶色のあやしげなソファーシート、綺麗に整えていただいた内装、キャブのツインターボでパワステ無しのマニュアル車・・・ビトルボは愉快です。

はっきり言って、車は見た目です。かっこよければ必ず性能その他もいい。かっこ悪い車にいい車はない。と断言します。
でも、222 SRや4Vはかっこ良さと悪さとの絶妙なバランスの上に成り立っている車です。これがギブリとなるとはっきりとかっこいいし、SEにはちょっとクラシカルな雰囲気さえ漂よう。SRを文句なくかっこいいという奴はいるのか・・・な?じっと見ていると5000GTが浮かび上がってくる。あの最高に醜い奴。わかりやすいかっこよさにあえて背を向けている歴代のGTの中でも最も醜い5000GT。しかし、なんと、醜いはずの5000GTがhistoryのオーラを纏い浮かび上がってくると、222 SRが何ともかっこよく見えてしまいます。
で、結局何が言いたいかというと、俺の222 4Vはかっこいいぞ、だからいい車だぞ!!という事でした。

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