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« ガンディーニのクアトロポルテ(その21:エンジンの⑪) | トップページ | 今週(8/30〜9/5)の、コメンテーター諸兄におくる感謝と伝言 »

2008年9月 5日 (金)

ガンディーニのクアトロポルテ(その22:エンジンの⑫)

いよいよ、混迷を深める当コーナー(笑)、きょうもガンディーニのクアトロポルテのエンジンレイアウトたる「90度V6」にちなんだような、ゼンゼンかんけーないよーな、おハナシからまいりましょう。
昨日の「三菱」に引き続いては、ちょっと毛色を替えて「川崎重工」いってみましょう。ここの会社の製品は、民需用耐久消費財としては「オートバイ」や「ジェットスキー」の製造で知られておりますが、「鉄モノ」製品の世界では、およそ4輪自動車以外のものなら、今現在でも、そりゃもー、なんでも造ってる、途轍もない規模のメーカーなんです。
その発祥は、明治時代。造船業から始まり、製鉄、鉄道車両、航空機、バスボディと「重厚長大産業の歴史」と共に歩んできています。でやっぱり、戦前戦中(もちろん現在でも)を通して「ヒコーキ野郎部門(笑)」があったわけですが、第二次大戦も後半の頃には、「エンジンレイアウト史」のなかでも、非常に興味深いエンジンを作ってましたので、このあたりを解説いたします。
そのエンジンの名は「ハ40型発動機」。このつまんねーネーミングは、陸軍発注エンジンの特徴で、海軍のロマンティックなネーミング(「栄」「誉」のような)とは、そうとう趣が異なり、陸軍の無粋さが際立ちます。このエンジンの元設計は、かのダイムラーベンツ。メッサーシュミットBf109シリーズ(ドイツ第3帝国の誇る超有名戦闘機)の搭載エンジンとしてあまりにも有名な「DB601型エンジン」です。連合国軍のイギリス本土防衛を賭けた勝負、いわゆる、「バトル・オブ・ブリテン」に於ける、並み居るスピットファイア(こちらは、ロールスロイス「マリーン」エンジン搭載)との死闘は歴史にその名を刻んでいますね。
「同盟国ドイツに素晴らしいエンジンがある。」そんな評判を聞いた「帝国陸軍」は、ドイツ側と交渉、法外なライセンス料を川崎にもたせた上、この「DB601エンジン」を国内で量産せよと下命しました。
基本レイアウトは「液冷倒立V型12気筒」。なぜか航空機エンジンの世界では「液冷」と呼んでるけど、これは自動車の世界でいう「水冷」のコトです。「倒立」というのは、V型の転地をひっくり返して搭載しているという意味。で、やっと出てきましたよ、「V型」(笑)。しかも「V12」だし。ここで、昨日のおさらい。「V12型エンジンは、その構造上、長大なクランクシャフトが必要」ということ。もうひとつ、「それを量産するのは極めて難しい」ということ、でしたね。

・・・すでにご想像はついてると思いますが(笑)。

やっぱ、ダメだったんですよ、当時の我が国では。もうすでに、戦前からドイツの精密加工技術は世界一だったんですね。そういう精密加工が可能な工作機械自体を当時の日本では造れなかった。だから、製造公差をヒト桁もフタ桁も「甘く」せざるを得なかった。その上、材料となる合金に元設計では「ニッケル」を入れないといけなかったのですが、これが「戦略物資扱い品目」であったため、そう簡単に入手できない。で、陸軍はなんて云ったかというと、「ニッケル抜き」でヤレと、根性で(笑)。ダメだな、こりゃ、ワタシがあちこちで語る「デ・トマソビトルボのダメダメばなし」と、なんだかそっくりですね。ダメな工業製品が出来アガる過程は、古今東西だいたい一緒。
とりあえず、どうにかカタチは造りあげ、ベンチテストしたら、たったの80時間でクランクシャフトが折損したそうです。それでも、当時の川崎技術陣にはド根性があって、色々と改良を加えながら、ようやく実用化にはこぎつけました。
さあ、やっとできたこの「ハ40」。積まれる航空機は、やはり川崎製の機体「陸軍3式戦闘機:飛燕(ひえん)」。
従来の「空冷星型エンジン」搭載機(ゼロ戦のフォルムを思い浮かべてください)とは、まったく異質な、極めてモダンでスマートなフォルム。ご本家さまのドイツ製品特有の「無骨さ」は微塵も無く、むしろ、同じような成り立ちで生まれていた、同盟国イタリア製「マッキC202単座戦闘機」に機影が近似しています。飛燕の機体写真は、ファンが多い機種ですので、ウエブ上で、浴びるほど見ることが可能です。ぜひご覧になってみてください。かっちょええです。ハイ。
それで、なんとか量産にはこぎつけてはみたものの、徴兵による熟練工員の不足、材料調達の不足、など、相変わらず「いつものダメダメ要素」満載(笑)で量産は遅々として進まず、やっと、戦地に送り出せば、故障で目的地にたどり着けない僚機が続出。前線の整備兵は、そのあまりの複雑なメカニズムに手を焼き、満足に飛ばせない。稼働率は常に低空飛行状態でありました。
なんか、ホントにイタリアンスーパーカーぽいなあ。
まっ「ハ40」、さすがにDOHCではなかったんですけどね(OHVです:笑)。
そんな「かっちょいいケド、役に立たない」と思われていた「飛燕」にも、大戦も最後の方では、(悲しくも)勇ましい活躍の場がありました。

すでに、大日本帝国軍が「絶対防衛圏」としていた南方地域は、あいつぐ大海戦での敗北により連合国軍の制空権下にあり、そのうち「最後の砦」であった「沖縄決戦」にも、沖縄全県民の奮闘努力と、幾多の尊い犠牲にも拘わらず敗北を喫し、いまや、超高空の成層圏をゆうゆうと飛来する「憎っくき敵爆撃機:ボーイングB29(ホンット、キライだ、こいつ)」は、本土全国主要都市の爆撃をするために連日のようにやってくる。そうして、楽勝の体で、毎日焼夷弾攻撃はつづく。切歯扼腕(ああ、くやし!)。そんな中で「飛燕」のチャンと飛びさえすれば(ポテンシャルを発揮すれば)、高性能を発揮する特性に目をつけ、帝都防衛の最終手段とした陸軍士官たちが全国に点在しておりました。それぞれの隊には、実働可能な飛燕が集められ、熟練整備兵を集結配置して稼働率の向上をはかり、気鋭の若く腕のたつパイロットを可能な限り養成、温存しつつ、B29の飛来時には、迎撃できる態勢を極めて短期間に整えました。しかし、「飛燕2型(エボルツオーネです:笑)」の増産体勢は相次ぐ爆撃のよる工場の被災もあって、相変わらず遅々として進みません。搭乗員は揃っても、乗ってくマシンがない。1945年の正月には、機体だけ完成してエンジンを待ってる半完成品(俗に首なし飛燕という)が200機以上も溢れかえっていました。もう「ハ140(ハ40の高出力タイプ。これまたエボV8エンジンみたいなモンか(笑)」の完成は待てない。
いつも御無体な、陸軍からは、「もう、コレ積んで!」と指定されたのが、「三菱のハ112−Ⅱ型(海軍呼称:「金星」エンジン)」。「おいおい、コレ、空冷星型ぢゃん!こんな直径デカいのつくわけないよ」と思ったら、奇跡はおきてアッサリ付いちゃった(笑)。しかも、この大改変をたったの3ヵ月で(しかし、もー、ムカシの技術者はホントホント偉い)。この空冷エンジン装備の機体が、俗に「五式戦闘機:ごしきせん」と呼ばれるものです。なんだか、マセラティキャラミとデ・トマソロンシャンの関係にも相通じますね(強引?)。この飛燕と五式戦のコンビは、今や「ナメきって」比較的低空を飛んでくるようになった「Bさん」目掛けて体当たり攻撃を敢行、これは、いわゆる「搭乗員の玉砕」を前提とした、海軍発案の「神風(ホントはしんぷうといいます)特攻:カミカゼ」戦法とは違い、機体をぶつけたら、脱出して生還せよ、というものです。もっとも、これはヒューマニズムに基づくものではなく、「もう、新しい搭乗員を養成している猶予はない」という、せっぱ詰まった状況で、ようやく(精神論によらない)合理的判断ができるようになった所作というべきで、陸軍上層部がもっと早くコレに気づいてくれればと、慙愧に堪えません。陸軍の「帝都防衛」の要衝、調布飛行場に、1945年の春まで展開していた「第244戦隊」はつとに有名で、その優美で繊細な機影より、誰云うともなく「飛燕(このネーミングは云わばあだ名で、正式名称ではない)」と呼ばれし機体を操り、B29を迎撃する彼ら空のエースたちは「つばくろ部隊」と呼ばれ、こどもたちの羨望を集めました。
20代前半の若きスーパーエース、244戦隊長の「小林照彦少尉」は、B29に3度「体当たり」し、3度生還するという前人未到の境地に達していました。ムカシの20代男子は、ホントにオトナだよなあ。まあ、このあたりのハナシをもっと突っ込んで調べたい方は「ググッて」みてください。

きょうも、後半は雑誌「丸」みたいな「戦記物コーナー」になっちゃいましたが、超高性能エンジンの開発というのは、いつも、それを造るヒトと、操るヒトの人間ドラマ中心になりますので、周辺情報も書かざるを得ません。いましばらくのご辛抱をお願いしますね。
ともあれ、V型多気筒エンジンがいかに高級かつ困難なものかを、本日もさらにご理解頂いた上で、次回へとまだまだ続くのであった(先は長いな:泣)。

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コメント

いやぁ、凄い知識!! すげー、すげー! ココまで博学だと僕の腐った脳みそではついていけません。。。 機械というか技術と言うかそんなんが車だけには留まらず全般的に好きなんでしょうね! 恐れ入りました。。。。。

  ブログ読んでると、この職業が天職であると分りますよ。僕はこんな凄い御店で凄い宝物購入させて頂いて本当に感謝ですよ。 この気合に恥じぬよう納車後の維持はさらに磨きを掛けますよ〜ん!でも僕の信条は車は走って何ぼ。ですから、兎に角走ると思います。 好きなマセで好きな道を一人でカッ飛ばすのはこの上も無いストレス解消の場と、楽しみですので。う〜! マセは良い! マセ最高! デポ最高!!! うへへ。

「おかべいさく」かっ、うーん、一回休み。

昔「NAVI」にこういうコーナーがあったな。あれも結構面白かった。

私はドイツ機が好きで、昔は航空機ものを読みあさりました。ジェット戦闘機Me262やロケット戦闘機Me163を実戦投入するドイツはさすが技術大国。量産されたメッサーシュミットBf109シリーズも終戦までモデルチェンジを重ねて物凄く進化しました。ドイツはエースパイロットの撃墜数もケタ違いです。
で、ドイツ車は、ドイツ軍り歴史を受け継いだ軍用車輌なのですね。合理性と実用性のカタマリは、機械としての美しさ・機能美を感じます。
でも、クルマだったら機能を度外視した美しさのマセラティが好き!

只今、2013年12月23日早朝より2008年9月5日のブログにコメントいたします。
このブログ、好奇心のタイムカプセルだな。
今現在に至るまで、ず~っっっと面白い。 
今年のダメ男の会で飛燕のプラモを見せていただきましたが、5年も前にその日本機らしからぬフォルムと生い立ちを解説していただいていたのですね。
いやいや、たこちゃん凄い。

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