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2011年2月の24件の記事

2011年2月28日 (月)

1972年の、とある日曜日(夕方篇)

 昨日のコメント欄は、なぜか「ラジオねた」で賑やかになってしまいました。今日は、日曜日の午後、テレビも見飽きて遊びに出掛けたところからですね。この頃なぜか、春日町界隈では「竹馬」がブームに。「たん、たん、たけうま、カラー竹馬」というテレビコマーシャルがヘビーローテーションで放映されていたせいで、皆おもちゃ屋に殺到、色とりどりのカラー竹馬を購入し、そこらじゅうで近所の子らは歩き廻っていました。ワタシも一応ダメモトで親にせがんではみたものの、毎度のように「どーせ無理」だと思っていました。竹馬の前段階として、「パカポコ」というのもやりました。みかんなどの缶詰の空き缶をひっくり返し、千枚通しで開けた穴に紐を通して作るアレです。これにより、足と手を同時に動かすアクションの勘所を掴めるようになるわけです。そうこうしているうちに、ウチの親父が登場。向かいの家の庭には、小さな竹林があり、その持ち主と直接交渉の末、竹を大量にゲット!で、「本物の竹馬」を切り出しナイフとやっとこを用いて作り始めました。ムカシとった杵柄とはよく云ったものですね、それはそれは見事な手さばきで、竹を切り分け、針金で各部を縛り上げ、ついにふた組の竹馬を完成させられてしまいました。「あー、コレで、綺麗な木の丸棒と、樹脂製で高さが自在に変えられる足のせ部が付いた、あのアコガレのカラー竹馬は、これから一生のあいだモノに出来ないんだなあ」と一瞬にして悟りました(笑泣)。それでも、本物であるがゆえに、高さが自由に調整できない竹馬で、猛烈に練習してバランス感覚を養ったものです。昨年、「江戸東京たてもの園(都立小金井公園内)」の「下町の遊びゾーン」に行ったら、あこがれのカラー竹馬が大量に置いてあって、黙って眺めてると、老いも若きもガキも、だーれもキチンと乗れないでやんの。40年ぶり、ワタシも「乗れるか?」と思い、地上から1メートル以上ものやけくそな高さにセッティングされた「最上級者向け」と思しきひと組を握り、乗ってみた・・・乗れた!前後左右に歩く、走る、ホバリング(静止)する。周囲のこどもたちは「このおぢさん、スゲー」と驚異のマナコで騒いでいます。コーナー監視役のボランティアのおぢいさんからは「ムカシさんざんヤッてたクチですな」とひやかされ、オレ、結構イケてるぢゃんとひさびさに思いました。ウソだろうって?今度もう一度行って、証拠の写真を撮ってきますね(笑)。あれ?「笑点」のハナシは?疲れたからあしたにしようっと。

 初めて、このブログをお読みになり、マセラティ車とマセラティ専門店のマイクロ・デポにご興味を持ったあなたは、こちらから、本家ホームページ「マセラティに乗りませんか・・・」http://www.microdepot.co.jp/に行ってみてください。

2011年2月26日 (土)

1972年の、とある日曜日(午後篇)

 きょうは、午前中には「Ryo」さんがわざわざ仙台からお越しになって、お菓子のお土産やら、特製のDVD(ビトルボフェスタin十和田)やら頂戴し、いつもながら、本当に有難うございました。また、午後には、「いつかはシャマル」さんにご来店頂き、これまた、たくさんの差し入れを頂戴するとともに、お約束通り、「まぐろの解体ショー」ならぬ、「222SEのダッシュボード降ろしショー」を見学して頂きました。帰りは自らの足で走ってお帰りになったのですが、無事にご帰宅したかしら。

 その「いつかはシャマル」さんが昨日のブログにコメントしてくださっていますが、確かに「1972年」というのは、子供ながらに時代の転換期だったように思います。この年はワタシ、小学校三年生でしたが、個人的には、学校のクラス替えに伴う周囲の環境の激変により、今でいう「自律神経失調症」的な症状に見舞われ続け、決して良い思い出ばかりのある年では無かったように記憶しています。その年の暮にウチの三男が生まれ、そのあたりから気分が好転して、症状も軽快していったようにも思います。表題考えるのに、なんとなく出てきたのが「1972年」であったのは、やはり印象が強い年だからなのかなあ、と思ったりしています。

 まあ、何にしろ、「1972年」までが、黄金の60年代の続きだったんだと思います。テレビ番組もこのあたりまでのテイストと、それ以後ではまったく違ってくるように思います。

 さあ、日曜日も昼になりました。昼食を採るために子供のワタシたちは一旦帰宅するわけですが、そんな時間にやってるのが、「大正テレビ寄席」。もちろん大正製薬の一社提供で、ウクレレ漫談の牧伸二(あーあ、やんなっちゃった)が司会者なのは、云うまでもありません。全員集合以前の「ドリフ」も出たし、欽ちゃん、ジロさんの「コント55号」も出ました。けれども、ワタシにとって印象深いのは、「獅子てんや、瀬戸わんや(らっきょの皮、剥いても剥いてもカワばかり)」、「東京コミックショー(レッドスネーク、カモン!のへび芸)」などですね。あとは後半の「バーゲンだよー」のコーナー。牧伸二がバカボンのパパみたいな格好で出てきて、そこら辺にあるものを会場の観客に啖呵売よろしくセリ上げて売りつけ、その売上金を「あゆみの箱」に募金するというもの。続いては「ガッチリ買いまショウ」オリエンタルカレー提供(最後の頃はグリコ提供だった)。「じゅーまんえん、ななまんえん、ごまんえん、うんめーのわかれみち」と独特の早口で捲したてるは、「夢路いとし、喜味こいし」。後に、ほぼ同じコンセプトながら、値段の合計金額を測るルールを重量に変更した「目方でドーン(司会レッツゴー三匹:提供高島屋:日本テレビ)」というのも、日曜日の昼間の番組では、思い出されます。

 なんか、この時期の日曜昼間は「NETテレビ(現在のテレビ朝日)」の独壇場の感があり(「大正テレビ寄席」が超人気番組だったせいなんだろうな。そのままチャンネル換えないと自動的に「ガッチリ」にいっちゃうんです。)、続いては、サッポロ一番でおなじみ、サンヨー食品提供の「末広演芸会」。大喜利やって、ダメな答えを出すと顔にスミを塗るという趣向。月の家円鏡が顔中ビロンビロンに塗りたくられてたのをよく見たように思います。その次はグロリア魔法瓶提供、若井はんじ・けんじ司会の「ダイビングクイズ」。「落ちずにー・答えてー・やりましょー、な!」と掛け声を掛けつつ、滑り台型の回答者席が一気に傾き司会の二人が下にある風船群に落下していくというオープニングでした。これは、まったく同じセットを再現して、とんねるずの番組でリメイクされたコーナーがありましたね。

 さあ、これで夕方まで心おきなく遊びに出られるというものです。次は、「笑点」から(まだ続くの?:笑)。

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2011年2月25日 (金)

1972年の、とある日曜日(午前中篇:補足)

 もう、「おぐ」さんだけが、たよりダヨ(グスン・・・前にカーマガ広告にそんなコト書いてたかなあと思っていたら、本日ご来店のお客さんにも指摘されましたので、新潟競馬バナシを9年前に書いてたんですね)、と思っていたら、「テツヲタ」さんからも加勢が入ってちょっと元気になりました。そーだよ、そうそうその歌詞だったよな、「日曜大工110番」のテーマソング。ワタシ、メロディーは完全に覚えているのですが、歌詞の方は冒頭の「♪にーちようだーいーくぅ110番」と、締めの「たーのしぃまいほーむ、チャン♪」しか覚えてなかったので、教えていただいてスゴク懐かし嬉しいです。「日曜大工110番」って番組は、東京では日本テレビ放送網でやっていた番組でしたが、ローカルだったのかなあ。提供は、ボンドでおなじみのコニシとか、ブラックアンドデッカーの電動工具(EHエリックが宣伝してた)とか、アサヒペンとかが時期により適宜入ってたと思います。確か、松下紀久雄(微妙に記憶に自信がない)さんとか云うメガネでチョビヒゲの太ったおじさん(何者?)がメインホストで、名前は失念しましたが、落語家の方が出ていて狂言回し役、であとは女性一名という構成で、たったの15分の間に超完成度の高い本棚を、ブラックアンドデッカーの電動工具をバリバリ使って材料を切り分け、コニシの木工用ボンドを用いてそれらを組み立て、アサヒペンのスプレー缶を湯水のごとくブーブー塗って完成させるという「あからさまな(笑)」内容の番組。はっきり云ってこの技術力と材料調達能力があれば、家作れるぢゃんとつっこみながら見てました。しかしながら、70年代日曜の朝の風物詩的な、ある種牧歌的とも云える番組でしたね。

 もひとつ「テツヲタ」さんがフッてくれた「♪4時5分、4時5分・・・」というのは、お若い方のために説明しておきますと、NHKの「受信相談」という番組のテーマソングで、知らない方には「なんじゃら、ほい?」といった感じでしょうけれども、NHKは「公共放送」という建前があるので、なんでも、「いかなる辺境の地でもそこが日本国内である限り、絶対にラジオやテレビがキチンと受信できなければならない」という強い使命感(というよりも、確か日本放送協会法というので、そう定められてるんだったと思う)があるらしく、どうすれば、ちゃんとテレビが映るようになるかを、山奥とか、ビルの影になっちゃった家に住んでる人々がNHKに相談し、それを、なぜか「午後4時5分」という中途半端な時間に回答・図解入り解説で答えるという、なんというか「牧歌的」な番組。なんで、子供の頃にコレを見てしまうかと云うと、「おかあさんといっしょ(ブーフーウーとか、とんでけブッチーとか)」の再放送が午後3時からで、これを見た後に「夫人百科(これも懐かし銘柄:笑:テーマミュージックも覚えてる)」という、これまたスゴイ題名の番組をやり過ごすと、「♪4時5分、4時5分、あなたとワタシの4時5分・・・」と云う感じで始まるので、子供が見ても一つも面白くない内容の番組なのですが、ワタシや「テツヲタ」さんの脳裏に焼き付いているんでしょうね。ああ、この内容ぢゃ、いよいよコメントが入りにくそうだなあ(笑泣)。

 あしたは、その「大正テレビ寄席」から午後の部、イキます。お楽しみに、って楽しくない?

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2011年2月24日 (木)

1972年の、とある日曜日(午前中篇)

 なんか、昨日のネタはメチャクチャ「ひき」が悪かったですね(泣)。パーソナルなネタは、まあ、コメントしづらいですよね。でもさあ、毎日アタマの中の「記憶の引き出し」をシャッフルして、一つの方向に偏らないように話題をフルのは大変なんすから、もう。ホントにどうもすいません、よーしーこーさーん(by林家三平@初代)。でも、ヘソ曲がりのワタシはより一層ディープなパーソナルねたに突入するのであった(笑)。

 子供の頃、日曜日のお目覚め楽曲は「ペルシャの市場(ケテルビーとか云うヒトの作曲)」か、ペレスプラード楽団演ずる「マンボNo.5」。さらに若しくは、ポールモーリアオーケストラの「オリーブの首飾り」等など。とどめに西田佐知子の「アカシアの雨が止む時」とかが掛かって、ウチの親父のレコードの趣味は、高尚なんだか、下卑ているのか、まったく訳がわかりません。まあ、ワタシたち三兄弟の親御さんですから、少しは変わっていたのでしょうね。

 「親父レコード」でないパターンもありまして、この場合は妙に早起きバージョン。6時の「NHKニュース」から始まり、「明るい農村」、「おはようこどもショー(日曜日は昆ちゃんのトンカチ歌じまん)」「健康増進時代(日本医師会と各有名製薬会社が持ち回りで提供してた。武見太郎という医師会長のじーさんが、なんかいつも怒ったように演説するばかりの番組)」「日曜大工110番(オー・マイ・カラー・アサヒペンのCMが懐かしい)」ときて、朝食。で、「ビジョン討論会」で社会情勢を大づかみ(どんな小学生じゃ)にしたあと、ソトに出るといったもの。

 「親父レコード」のパターンに戻ると、「ミユキ野球教室」を見ながら遅い朝食。「じゃじゃ馬億万長者(お前のテッポにあたるかよ、アーラ当たった石油が湧いた・・・って知らないのかなあ。ミンナ)」を見終わると、「兼高かおる世界の旅」をやってるあたりでやっぱり屋外へと遊びに出かけます。

 ワタシの場合、日曜日の記憶は、当時のテレビ番組と分かちがたく結びついているようで、いくらでもスラスラと思い出すコトができます。なんで、数学の公式は暗記できなかったんだろうな(くだらんコトでメモリーが一杯なんだろな、きっと:泣)。

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2011年2月23日 (水)

幼児期のうらみは、百までも

 ワタシの実家(現在の弊社春日町作業場)の前に面する私道は、高校生になる頃まで未舗装なうえ、下水道は来てないわ(だから普通にドブがあった)、都市ガスも引いてないわでとても23区内とは思えぬ状態でした。ですから、学齢に達する前は、「キコキコ」と足で漕ぐ「四輪車」を上手に走らせることが出来ない、このガタガタの未舗装路がなんとも恨めしくてなりませんでした。もちろん、古式ゆかしい三輪車なんて1ミリも前に進んではくれません。せいぜい、ひっくり返して「焼きイモ屋さん(この遊びの由来を知ってるヒトいます?)」とか云いながら、なぜか前輪ホイール部分に砂利だの砂だのをじゃーじゃーと入れながら、クランクペダルをぐるぐると回すという遊びをするくらいでした。

 幼稚園の年長組(我が母校いや、母幼稚園である練馬幼稚園では、「まつ」組という。ちなみに年少組が「すぎ」年中組が「ひのき」)の頃に、姫路の親戚の家に行ったら、帰りのおみやげにと戴いて帰ってきたのが、「サンヨーカドニカレーサー」というシロモノ(のちにカドニカミニレーサーというのもあったみたいですが、それよりでかくて立派)。知ってます?同年代の方々。コレは画期的かつ1960年代の水準ではいかなる基準をもってしても「ゴージャス」な物品。なにしろ、アクセルペダルを踏むと電動で幼児を乗せて走るんですから(しかも、結構速い)。ホーンも鳴るし、ウインカーだか、ヘッドライトだかも点灯するし、カドニカというだけあって、シートをパカッとはずすと、そのしたには結構リッパなバッテリーがあり、これをはずして、100Vコンセントに差し込んでおいて充電するというものでした。ワタシはコレで屋外を気持ちよく疾走したかったのですが、未舗装路で試したところ、やはり車輪に砂利が引っ掛かり、すぐに走行不能に(泣)。親からはこっ酷く叱られるし、もう、ジャリ道のばかたれ!

 ちなみに、北名古屋市(旧愛知県師勝町)にある、歴史民俗資料館(昭和のB級文化博物館)に行ったら、コレの現物(しかもパッケージのダンボールまで付いてるデッドストック品)が所蔵、展示してあり、ひっくり返るほどビックリしました。前にも書いたような気がしますが、この博物館はホントいいわ。学芸員さんエライ。

 ともあれ、こんな幼児期の鬱屈した経験も、長じてからの「クルマやメカを変質的に愛でる(笑)」姿勢の源泉ではなかろうかと思ったりしているのです。

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2011年2月22日 (火)

頑なな自転車屋

 やっぱり、写真ネタにすると、「ヒキ」が悪いですなあ(笑)。というわけで、今日はいつものように文字ばかりでお送りいたしますが、内容は昨日の「たこちゃんの日曜日(って題名ぢゃなかったよーな?)」の補足です。実はギンダコ酒場に行った後に、「芝大門」というのを、初めて見ました。名前は知ってたんですけどね、コレが有名な芝増上寺の山門みたいな存在であるのも、今回気が付きました。・・・何をいまさら。アホか?おれ。

 芝の大門あたりには、前職での取引先の東京本社があり、技術営業企画職のワタシはたびたび浜松町の駅で降り、10分ほど歩いてその会社の入っているビルまで通っていたのですが、「大門」本体の方にはなぜか行ったコトが無かったというわけです。

 そこで、今回そのビルも探してみましたが、あっ、あったよありました。するってーと、その近所に「気合いの入ったロ-ドレーサー(自転車)屋」が確かあって、それは、ビル街に埋もれるように小さな建物であったはず。ガラスの嵌った木製の「ガラガラ戸」を開けると、中には「綺羅星のごとく」に垂涎モノの輸入フレームの数々がさがっていて、シゴトの打ち合わせの帰り道の楽しみではありました。

 街並みそのものが、ずいぶんと変ったようにも思われましたが・・・、あー!あったあった!!ムカシこんなに小さかったかなあ。周りが大きなテナント付きマンションばかりになってしまったせいか、小さく見えるのでしょう。ワタシの記憶の中では木製枠であったはずの引き戸もサッシ化されていてそこはちょっと残念。看板には、屋号の他、コルナゴ、チネリ、デ・ローザと有名イタリアンブランドの自転車ビルダーの名が並び、その他、カンパニョーロ、シマノなど、一流部品メーカーも掲げられています。そして、「ロードレーサー ツーリング」と取扱い車種を誇りたかく銘記したうえで、ガラス戸の張り紙を見ますと「MTB マウンテンの修理はいたしません」と書いてある。なんというコダワリ。かといって、「ママチャリ」は、ブリジストンなどの一流メーカー品だけはある。なんか、練馬の自動車屋に似てるんだよなあ、この感じ。店内を覗くと、20年前と寸分変わらず、デ・ローザでコルナゴでチネリでビアンキ(笑)。さすがにご時世か、完成車は、これらのビルダーのラインナップ中でも廉価版(それでも10万以上するんですけどね)が多いようでしたが、「つるし」のフレームは、30万円コースのが無数に並んでました。店の中に入る勇気は・・・ひやかしだとちょっとツライムード。いにしえのロードレーサーが好きな方には、おそらく今も昔も有名なお店に違いありません。店舗の写真も撮影したのですが、画像の掲載は遠慮しておきます。いつまでも、本格的なロードレーサーらしいロードレーサーと、伝統的なランドナーやツーリング車だけを扱い続けて欲しいものです。それにしても、いやー、頑固な品ぞろえだったわ。

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2011年2月21日 (月)

たまには街に出てみるか。

Photo 朝から今にも雨が降ってきそうな昨日の日曜日、重い腰を上げて「街」に出るコトにしました。都営大江戸線の赤羽橋で降りて地上に出ますと、いきなりこの風景。いまや、周りの風景に埋没していることの多い「東京タワー」のほぼ全景を捉えることが出来る赤羽橋交差点です。まるでおのぼりさん状態で、この写真を撮りました。

Photo_2 で、赤羽橋とくれば、おなじみコーンズハウス芝公園本社さん。今日は、フェラーリの試乗会を開催中なんですが、新しいマセラティのインポーター事情などを伺っておこうと思い、やってきました。

Photo_3 ・・・で、これだ(笑)。458イタリアをバックに喜色満面のワタシ。なにが、嬉しいって、このクルマの塗色が素晴らしい。極めて伝統的な色がこのエクストラモダーンなボディに映える様は、「ああ、もう一度ダマされてもいい(笑)」とイタ車乗りに思わせる説得力に満ちております。これホント欲しいな、買えんケド。でもね、後ろに小さく映っているテレビモニター画面には、やれ、エアコン、やれ、オルタネーターと主要なすべての補器類の動作をメインECUでコンピュータ制御して、エネルギーロスを抑えて「エコ」に気をつかってますよといったハナシばかりが出てくる。

Photo_4 なにかと、世間の風に気を遣いつつ、言い訳めいたコトを云いながら、クルマ好きなじーちゃんたち(ワタシたちとその愛すべき顧客さん方のコトですよ)はこれから余生をおくるコトになるのでしょうね。ところで、マセラティの部品供給は今後も安泰とのこと。特に、新し目の車種のパーツ価格は安くなる方向性であることを伺いました。これで、ひと安心ですね。

Photo_5  コーンズさんをあとにして、遅い昼飯をば。ここからはシゴトを離れて「プライベートタイム(笑)」につき、徒歩でテクテク浜松町方面へ。で、ここに到着。タコ焼き好きの聖地「ギンタコハイボール横丁」いわゆる立ち飲み屋です。

Photo_6 トリハイに山崎ハイ。スタンダードなたこ焼き。たばこも吸い放題(笑)。いいぞ!銀たこ。こうでなくっちゃー。でもって、調子にのってアレコレ飲み食いしてたら、支払い合計は、結構な金額に。単品オーダーのたびに相対でいちいち支払うシステムだから、気がついた時には遅い。商売もウマイなあ、銀たこ。

Photo_7 で、大江戸線で六本木下車。直結している「東京ミッドタウン」というところに初めて行きました。中身は、免税店のでかいのといった感じで、ワタシの興味を引くものはコレといってありません。この位置から180度くるりと後ろを向くと・・・、

Photo_8 某有名タレントが「泥酔して素っ裸になって叫んでいた」という公園が。うーん、真夜中なら、ヤッテみたいかも(笑)と思わず思うシチュエーション。背景は、乃木坂あたり(と聞いて梓みちよの歌をウッカリ思い出すのは、そうとうトシあるね:笑)。

Photo_9  その横にはなぜかアイススケートリンクが、唐突にある。ちょっとヤッてみたかったのですが、おひとり様¥1,500の料金に恐れをなして御辞退しました。

Photo_10 で、ここへ。ミッドタウンとくっついたカタチでフジ写真フイルムさんの社屋。なにやら、写真展やらやってるらしい。どれどれ。

Photo_11 おー、写真歴史博物館(入館無料)と看板が。やはり、無料はいい(笑)。富士フィルムは太っ腹。内部の撮影は遠慮いたしましたが、歴代製品の実物展示や、CMアーカイブの公開、写真機の歴史的展示など、小さいながらも見ごたえあります。また、となりのコーナーでは土門拳の写真展もやっており、ご興味のある方には、お勧めできるスポットですね。ワタシも、懐かしの「ネオパンSS」のパッケージに遭遇して、中学校の写真部時代を思い出しました。

Photo_12 夕暮れも近づき、電飾にも火が灯りました。次に訪れるのはイツのことでしょう。でも、大江戸線で光が丘までは、たったの35分だからなあ。練馬と港区界隈もずいぶんと近くなったものですね。光が丘で地上に出ると、ポツポツと雨が。でも本降りになる前に無事帰宅できました。よかったよかった。

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2011年2月19日 (土)

クルマのコマソンっていいよね(その3)

 あのー、ワタシ、前にもおハナシした事があるかもわかりませんが、小学校四年生の頃から「コマーシャル研究」っていうのも、趣味の一つにしてまして、クルマCMネタというのも、「汲めども尽きぬ」ほど持ってるんですが、皆、もう飽きたあ(笑)?昨日のコメント見てると皆さんあまり興味のないテーマなのですね。少々サミシイです。「同好の士」はいないのかしら。

・・・でも、強引に続けます(笑)。しかも、今日はもっとコア。セリカ(最後のヤツ)のCMで、アメリカの著名な俳優にして映画監督「ヴィンセント・ギャロ」のお洒落極まるCM映像のバックに流れていた(映像は肝心のセリカそっちのけで「男女がチューチューするシーン(笑)」ばかり)のがBIRD「空の瞳」。

http://www.youtube.com/watch?v=nsHJZKUbnVA

続けて25回聞いても飽きませんでした。でも、このヒトの曲でワタシがいいと思うのはコレ一曲(笑)。単にワタシは、この曲のプロデューサーでギタリストの大沢伸一が好きなのだとのちに悟りました。耳元にスピーカー置いて、「超ステレオ状態」で聞くと、音がぐるんぐるんしてとってもグルービー。疾走感の塊みたいな曲です。

 次、フランスのシャンソン歌手、SAPHOで2曲。まずは、初代MR-2デビュー時の「LE TRAIN DE PARIS」。

http://www.youtube.com/watch?v=lYvA11gg7xw&NR=1

と、同車CMの次のバージョン

http://www.youtube.com/watch?v=qrA-XIhDZR4&feature=related

 後者は確か「コッチキテTONIGHT」とか云うダサイ邦題が付けられていたように記憶していますが、合ってるかなあ。懐かしの「11PM(しゃばだば、シャバダバー:by三保敬太郎は作曲家でカーレーサーだったヒト:故人)」に来日したSAPHOが出演して歌っていたのを覚えています。たぶん「イレブン」のスポンサーであったトヨタの段取りによるタイアップ出演だったのでしょうね。「コッチキテー、もっとそばーに、コッチキテー、もっとそばーに、」と途中片言の日本語が入るのが特徴で、この部分はCMに使われていませんでした。
原題は確か「GLOBO NIGHT」だったと思います。「ぐろぼないっ、グローボナイッ。ぐろぼないっ、グローボナイッ!」とCMでは歌われていましたので。

みんな、勉強ばっかりしていて、きっとテレビ見てなかったんだろな。今じゃスッカリ地上波を見なくなったワタシも、若いころは見倒してましたけど。そうして、こんなアホになりましたとさ。

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2011年2月18日 (金)

クルマのコマソンっていいよね(その2)

 今日の東京練馬、もう、超強風が一日中吹き荒れ放題。いい加減にしてほしいと思うものであります。

 さて、爽やかに気分転換で、昨日の続きをば。

「うーん、シニーアドリームス・いん・ざ・ないと。うーん、シーニアドリムスしゃいん・アンド・ブライト」とものすごく聞きとりやすいイングリッシュで阿川泰子先生がサビを歌いあげてるのが、初代いすゞピアッツア(ジウジアーロ)の一番最初のCM。「サングロウ」というアルバムに入っています。かなり好きな曲でして、この曲のおかげでこのクルマの魅力も倍加すると云うものです。CMソングの鏡と云えましょう。

http://www.youtube.com/watch?v=hw3x9ht8Pr0&feature=related

ちなみに、同アルバムに所蔵のもう一曲「スキンドウ・レ・レ」というのですが、もうサビの部分のグルーブ感は、疾走するマセラティにピッタリだと、ワタシは勝手に思っています。「すけ・どん・すけ・どん・すけどん・すけ・ドウれれー・すけ・どん・すけ・どん・すけどん・すけ・ドウららー(笑)」

http://www.youtube.com/watch?v=GJtn2ihwb7Y

ちなみに阿川さん。スパイダーザガートにかつて乗られていたというハナシを聞いた事があります。うーん、似合うかも。

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2011年2月17日 (木)

クルマのコマソンっていいよね(その1)

 イヤー、今日もほとんど右手がプラプラなので、長文無理につき「小ネタ」ですいません。最近、ワタシが夜寝る前に一度は聞かないと寝付きが良くない2曲をユーチューブから見つけました。

愛のスカイライン(箱スカ:驚くべきことに、GT-Rすらも宣伝されています。歌うはスリーグレイセスとボーカルショップの面々。スリグレは魔法使いサリーの歌「マハリークマハーリタ」でおなじみ。ボーカルショップと云えば、マッハGOGOGO!ですね。「風もふるえるヘアピンカーブ」)ウチのオヤジがワタシたちの子供時代に乗ってた、1500デラックスが出てくるので、パーソナルな懐かしごころに訴えて来るものです。

http://www.youtube.com/watch?v=t-Fv479yVu4&feature=related

私のカローラ(初代カローラのものです。レコジャケは「恋の・・・」となっていますが、テレビでコマーシャルに使われていたものは、歌手違いで「私の・・・」という題名だったハズです。意外と二枚目の線でハードボイルドタッチの名曲だと思います。二曲とも浜口庫之助の作らしいです:「ワッカイムスメがウッフン」でおなじみの黄色いサクランボやマイク真木のバラが咲いたの作者として著名ですね)初代カローラも現在の目で見ると、とっても洒落たデザインですね。当時はみんなサイズが小さくて好ましいです。この曲はなぜか、マセラティを走らせながら聞くと結構爽快なんですが、「なんで、カローラ」なの(笑)?

http://www.youtube.com/watch?v=RwtnD4VIeyc&feature=relatedぜひぜひ、お聞きになってみてください。

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2011年2月16日 (水)

疲れて朦朧としているサマ

 「いやー、今日はもうグロッキーだよ」と云いながら帰宅しましたところ、「グロッキーなんて云うのおぢいさんっみたい」と笑うヨメ。「ところで、グロッキーって何語なんだろね。」というので調べてみると、もともとは強いお酒(グロッギー酒という)に由来するボクシングの用語で、英語に由来するそうです。ワタシ、つい最近まで独身を意味する「チョンガー」というのが、「英語(笑)と思っていたバカたれなので(これは、韓国語に由来するらしいです)、そんなハナシになりました。

 納車待ちのMさんのカリフ、今日はエンジンルームの「磨き倒し」を始めました。いったい、何千回擦り磨いたことでしょう。「コシコシ、こしこし」。朝から晩まで磨いても、マダマダ全体の3割、いや、2割5分か。昨日までは、Oさんのスパイダーザガートでソレやってました。

 よかった、マセラティ屋で。カローラのはこんなこと朝から晩まで出来ないもんな(笑)。魅せるエンジンルームはビトルボマセラティを所有する喜びをさらに倍加させると信じて、明日もまたグロッキーになるまでコスり続けるコトでしょう。人差し指と中指の指紋が無くなってるのに、さっき気づきました。さすがに今日はヘロヘロ状態でキーを叩いています。おやすみなさーい!

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2011年2月15日 (火)

高圧洗浄機の便利な用途

 うー、今日は朝から「雪かき」。とは云うものの、シャベルも無ければ、「ママさんダンプ(この間ご来店頂いた、北陸方面のお客さんから、現地でのメジャーな雪かき器具の名称ということを教えて頂きました)」 はもちろん持ってないし、・・・あっ、アレ、イッてみよ!

 で、「高圧洗浄ビーム!」氷ついた路面を根こそぎひき剥がすように、ブチ飛ばしていきます。年末に中途半端に終わっていた、店舗のシャッターも「びーーーむ!!」スッキリとキレイになりました。朝の8時から、正午まで「雪飛ばし」に費やして、ようやく、シゴトが出来る態勢が出来ました。

 家に帰ると、「今日ね、田町(港区)のお友達のところに行ったらねー、公園なんかぜーんぜん雪無いの。友達に、「練馬なんか、スキー場みたいだったんだよ」と云ったら、ものすごくバカでーという顔サレタ」とヨメ。げに、練馬の気候はいつもエクストリームなものになっちゃっているのね、都内では。皆さんのお住まいは如何でしたか。

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2011年2月14日 (月)

懐かしの台北

 まあ、ネリマは雪に埋もれてるわけです。ついに積ってしまいました。いやー、まいったまいった(加トちゃんの「あの」フリ付きでどうぞ;笑)。

 さて、予告通りに「台湾ネタ」の自動車事情なんですが、はっきり言って、トヨタの一人勝ち状態になってました。イエローキャブは、日本ではマイナーな「カムリ系統」が多く使われており、まだ、ハイブリッド攻勢は来ておらず、あの忌まわしい(笑泣)ミニバンやSUVと呼ばれる何用だかワタシにはまったく理解できないジャンルのクルマたちも、我が国ほどには跋扈しておらず、「プリ○ス」も居ず、バブルの頃の日本にも似た勢いと活気を感じました。なにしろ、フツーでプレーンな高級4ドア車が多いのが、嘗ての東京を髣髴とさせるのです。

 意外にもクルマは綺麗で、お金持ちと思われる層は、スポーツカーだとポルシェ(ターボも台北市内で見ました。まあ、ボクスターが多いですけど。)、SUVならBMWX5とか、カイエン。4ドア高級サルーンはもっぱらレクサスです。メルセデスやBMWのサルーン系は意外と少なく、飛道具としては、サーブ、結構いるんですよ。

 ワタシが滞在していた5日間には、ただの一台も「イタリア車」にはお目に掛かりませんでした。まったく、全滅です(泣)。

 その他、三菱が意外と健闘しています。マツダがそれに続いてる感じで、ホンダは、思ったほど(バイクも)入っていず、日産は先先々代のサニーまではいっぱいいるのですが、最近のものは絶無で、数台のティーダや、マーチを見る程度、アジアでもダメになっちゃってるんですね。

 ああ、マセラティの旧車持っていきたいけど、なんだか、難しいらしいんです。中古車の輸入は。残念至極ですね。

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2011年2月12日 (土)

続・南仏にて。

 今日も朝から雪が降ったり雨が降ったりとジュブジュブしている東京は練馬であります。昨日頂戴したコメントの数々により、南仏ツアーの需要がありそうなのが(笑)分かりました。本当にいつの日か実現したいものですね(皆さん歩けなくなってたりして)。

 実を申しますと、ワタシ当初は南仏に行くの、あんまり気乗りしてなかったんです。それまでにもパリには2回ほど行ったことがあったのですが(2回ともほぼ仕事のついでの立ち寄り)、どうもその時のフランスという国に対するイメージが悪かったんですね。今は違うのかもしれませんが、30年前には、あからさまに「日本人や黄色人種に対する侮蔑の目」を感じました。同時に訪れた西ドイツ(当時)では、一切そういった感触を持たなかったコトから想像すると、彼らはまだ先の大戦を引きずっていたのかもしれません。オルリー空港で雁首揃えた「コンコルド」を見て感動した以外は、ルーブルに行っても「モナリザ」はよりによって日本に出稼ぎ中で(笑)展示してないし、凱旋門もエッフェル塔も、まあ、「札幌の時計台」よりはマシ(それにしても時計台ショボいですよね。北海道のヒト、ごめんなさい。あっ、蛇足ながら高知の「はりまや橋」もキツイです:笑:高知のヒト、すみません。・・・だったら書かなきゃいいのにって)。失礼ながら、どうということもないと思っていました。料理も、何にも覚えていないことを思うと、やっぱりそれなりな感じでしたように思います。

 ところが、「その時」もパリはやっぱり「それなり」だったのですが、南仏はあらゆる意味で「パラダイス」でした。ワタシが行った時期は3月の終わりでしたので、まさに「ミストラル」がブーブーと吹き荒れている有様でしたが、空は澄み切って晴れ渡り、食い物は一つとして「ハズレ」が無く、ヒトも柔らかく、温かい感じで、「パリ」とは良い意味で大違いでした。ホテルの一件一件も田舎なのにサービスは洗練されていて、且つ嫌味も無い。でレストランやビストロはどこもリーズナブルプライスで食べきれない量が供されます。しかも、残すのはとても憚られる旨さ(なんだけど、ホントにもう、食べきれない)。

 何気なく、果物屋のまえの石畳の歩道に発売されたばかりのルノートウインゴが無造作に停めてあるだけで、スッカリ絵になってました。昨日、「一松」さんがニースにいらしたハナシをコメントされておりましたが、ワタシたちも行きました。ふつーの路線バスに乗って(笑)。海岸線をずーっと走るわけなんですが、まあ、風光明媚なこと夥しい。

 いわゆるモンテカルロ、モナコですね。そこでは公国の王様だか王子様だかのコレクションを展示しているミュゼに行きました。それも、そもそも行こうと思っていたわけではなく、行きがかり上そうなったというだけです。・・・ありましたよ、マセラティ。セブリング(3500GTIS)が展示してありました。他に目に付いたのは、「ファセル・ヴェガ」。小型版の「ファセリア」の方でしたが、初めてこの伝説のブランドの製造車を見ることができました。どこかに、「同、エクスランセ」などの重量級ファセルがあれば、一度はお目に掛かりたいものです。さすがに、王室のコレクションですから、軍用車はありませんでしたけど。

 「松戸のS」さんは韓国づいているとのことですが、ワタシも先の年末に、台湾に行ってまいりましたので、次回はこのあたりのハナシをば。

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2011年2月11日 (金)

南仏にて。

 パリからTGVに乗りまして、カンヌで降りるつもりでした。で、「かんぬー、かんぬー」ってフランス語で車内放送があった気がして(これは幻想で、フランスでは車内放送は一切ありません。)そそくさとヨメと二人して駅に降りました。改札を出て、タクシー(これがなぜかフィアットレガータ:笑)を拾いましてクルマに乗り込みますと、まず驚いたことに「アセトアルデヒド臭」が思いっきりいたします。運ちゃん、顔真っ赤ぢゃん(泣)。「どこ行くの?」と聞くので、ヨメさんが、「ムーラン・ド・ムージャン(ホテルの名前)に行ってね」と告げますと、訝しげな表情を数秒した後、くるりと前方に向き直り、レガータはフル加速で走りだしました。「オートルート(フランスの高速道路)に入るみたいね」「コレで合ってるの?」「んー、前に来た時もこんなだったと思う」とヨメ。いやー、スピードメーターを見ますと軽ーく180Km/hで巡航しとります。「顔真っ赤だったよねー」「ふらんすでは、こんなモンなんだろきっと。ワインが水代わりの国だもんな」と自らに言い聞かせておりましたところ、「ちょっと、これ、いくらなんでも時間が掛かり過ぎてるような気がする」とヨメが騒ぎ出しまして、運転手のおぢちゃんに何やら英語で捲し立てております。ふらんす人にはエーゴは通じません(笑)。さすがにおぢちゃんもクルマを停止させ、黄色人種の夫婦に何とか説明をと必死です。「だからワタシたちはムージャン(村)に行きたいのよー。前に来た時、駅からこんなに離れてなかったモン!」「(ここから常田富士男の声で)あのー、オタクらどこの駅で降りたつもりなの?」「(二人ユニゾンで)かんぬ!!」・・・運転手「おー・ららあー(のポーズ)」「ワタシがあなた方を乗せたのはカンヌのひとつ手前の駅だよ!」「ちょえー!!!」ヨメは苦笑い。たぶんワタシたちがTGVを降りたのは「サン・ト・ロペ」。で、もう一度仕切りなおして「オートルート」へ。もうすぐムージャンのインターだよという看板が出てきたところで、も一つ看板が。「みゅぜ・おーと・もびりえ」とかなんとかいうふらんす語と、クラッシックカーの線画が描いてあります。「どうも、このインターで降りるとあるらしいよ、コレ」「ホテルに着いたらコンシェルジュに聞いてみましょ」

 で、あくる日。昨晩は「三ツ星の味」を堪能し、朝食も旨い(とくにエシレバターが)こと。意気揚々とコンシェルジュにミュゼのある場所を尋ねますと、「クルマですぐですよ」とのこと。

 さあ、着きましたよ。でかい!まず建物が。美しい玄関前の広場には、クルマを象ったオブジェの数々。チケットを購入し、中に入ります。平日の午前中とあって、こんな南仏の片田舎のミュゼには我々以外のお客はいない様子。広いエントランスに入り、まず驚くのは、「モノホンのF1マシーンの数々」タミヤの1/12スケールで子供のころからあこがれつつおなじみだったメンバーの「モノホン」がふつうにいます。「6輪たいれる(決してティレルではない:笑)P34」はシェクターのだったか、ディパイエのだったか、とにかく感動しました。8台くらいそんなのが、通路の横の壁に立体的に配置されています。もう一度いいますが、ここ玄関の通路部分ですから(笑)。その先には「ミウラ」「カウンタック」もうこのあたりですら、「前座」扱いです。

 その奥に歩を進めますと、メカニズムに関する展示のコーナー。目を引くのはエンジンのカットモデル。近づいてみますと「ランボルギーニV12」ではありませんか!しかもエスパーダの。「切るなあー!(笑)もったいない」

 フランスはル・マンの国。あるんだ、マートラの本物ルマン・カーが。ベルトワーズ仕様だのの1972年ルマン・ワン・ツー・フィニッシュ車はマートラ670のロングテール&ショートテールが両方ある。

 あのーマセラティは・・・。250Fがあるらしいのですが、現在整備中とのことで、この整備中のメンバーのリスト(60台くらいあった)を見ただけでも「もう一度行きたい」と思わせるに十分な内容です。その後17年経っても、ワタシには再見のチャンスが訪れていませんね(泣)。

 もう、ディスプレイがいちいちディオラマ(原寸大)になっておりまして、戦前のロールスやら、ベントレーのルマンカー、もちろんブガッティなんか、各種とりそろえてお送りしております(笑)し、もう驚くばかりです。

 さて、開いた口もいい加減にアゴが「はずれっぱなし」になった頃、わが目に飛び込んできたのが、昨日予告のキューベルワーゲン・シュビムワーゲン・ケッテンクラートの配された砂漠ジオラマであります。いやもうホント「タミヤのまんま」だからすごい。キューベルワーゲンは連合国チームで云うところのジープのようなもの。ですが、四駆ではありません。シュビムワーゲンはガンダムでいうところの「ズゴック」ってところでしょうか。さて、「ケッテンクラート」。間違いなく「松戸のS」先生や、昨日初コメントの「一松」さんは知ってると思われますが、戦中戦後の大阪でいうところの「バタコ」状のクルマで、・・・要するにオートバイの前半分の後ろにリアカーみたいな荷台ユニットがついてるのが「バタコ」なんですが、その後輪をキャタピラー・・・これはキャタピラー社の商標なんですよね。ならば日本語で「無限軌道(笑)」にしちゃったヤツとご存知ない方は想像してください。

 いつの日か、お客さん方と一緒に、こういうの「ホエー、ホエー」って云いながら眺めて歩くツアーなんかが、出来るといいですけどね。もうホント楽しかろうと思います。さ、頑張って仕事しましょ。

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2011年2月10日 (木)

何?軍用車のハナシがしたい?

 うー、今日もこれから大雪になるかもしれないという噂も高い、東京ではあります。寒いですね。明日起きたら積ってたなんてコトになったら、ショックだわー。

 さて、昨日のコメント欄を見ますれば、なんかチャット状態になってますね。「スターウオーズ」もレイア姫の顔は、もチョットなんとかならんか(笑)といったハナシや、「軍艦ネタ」もまだまだ幾らでも続けることができますし、「パチイオタ」に付きましては、その製造現場も当時おさえていましたので、そのハナシも詳しくしたいところなのですが、「シュビームワーゲン、キューベルワーゲンの違いが分かる人はやばいです。」との「松戸のS」先生のご宣託により、今日は、このハナシに決定!

 当然ワタシは「やばいヒト」に属する(笑)のですが、現在45歳以上でコドモの頃にプラモやってたヒトは大概知ってると思います。タミヤの1/35ミリタリミニチュアシリーズや、先日もハナシました、バンダイ1/48電撃機甲師団シリーズにはシリーズのかなり始めの方からこの2台はラインナップされていました。ほかにも、もっと小さいスケール1/76・1/78あたりにも日東(ジオラマセットがお得:ノルマンディー上陸作戦とか、バルジ大作戦とか)・フジミ・永大グリップなどで、ミリタリーのシリーズがあったのですが、ここまで小さいスケールになると大概キューベル&シュビムワーゲン&BMWサイドカー&ケッテンクラートあたりがセットで300円みたいなイメージ(あくまでイメージですよ)で売ってたように思います。タミヤなどは、当時の出来が気になってたようで、比較的近年になって、わざわざ新金型を起こし、キューベルもシュビムも「決定版」を出しました(価格も当初発売時の10倍するけどな:笑)。

 この間のスーパーカープラモにイク前は、「ミリタリージオラマ道」に励む小学校5年生でありまして、この間の「スーパーカーレースやってたおやぢの店」とは別の店で開催していた「ジオラマコンテスト」(やっぱり入賞するとその店の商品券がもらえるのであった)にも数回出場し、いずれも優勝は出来ないのですが、2位とか3位とかには入るので、商品券はゲット出来ると云うわけです。金が無いのにジオラマ作るには、とりあえずキューベルワーゲンとBMWサイドカーをなんとなく紙粘土と発砲スチロール(お中元でもらったカルピスギフトセットの箱がデカクて良い。タダだし)でこさえたジオラマベースの上に適宜配置し、とにかく、おもむろに「雪を降らせる」んです(笑)。「情感と抒情にあふれたジオラマ」がなんとなく安上がりに出来あがります。

 南フランスにムージャンという村がありまして、そこにある自動車博物館で、キューベルワーゲン・シュビムワーゲン・ケッテンクラート(黄金の安いプラモトリオ:笑:もちろん実車)が、なんと実物大の「砂漠のジオラマ」に展示してあるのを見たコトがあります。このハナシはまた明日のお楽しみ(って、楽しくない?)。

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2011年2月 9日 (水)

ムシロの上のアイドル

 いやー、今日の東京は朝っぱらから雪が降る陽気でしたが、皆さんのところは如何でしたでしょうか。まっ、何とか午前中には上がったので助かりました。

 ところで、昨日の「とし○えん」には裏門というヤツがあり、正式には「第二通用門」というのですが、有名な「7つのプール(ハイド○ポリスもあるよ)」には、むしろこちらの門から入場した方が近いので、「練馬原住民」は皆そうします。ちなみに、近所の酒屋で「プール割引券」を予め購入するのも原住民ならお約束なんです。その第二通用門の斜向かいあたりに、小学校があるのですが、ワタシがコドモの頃は単なる赤土の大地でした。夏ともなれば「盆踊り会場」になりますし、「全日本(馬場)プロレス」もちょくちょく興業に来ていました(どーやってやってたんダロ&馬場さんはホントに来て16文ブチかましたりしてたのか?:笑)。

 1978年になり、そろそろスーパーカーブームもシボみはじめる頃、この赤土の上に大挙してやってきましたよ、スーパーカーが。今日のタイトルにもありますように、赤土には大量の「ムシロ」が敷かれ、ミウラSV改の「パチイオタ」やら、白いロータスヨーロッパのボンネットに赤い線入れて、星29個(分かりますよね:笑)貼って、ハネつけて「サーキットの○仕様に」したのやら、なんか、昨日のボーラやストラトスに比べて格調というか、なんかこう、こころざしが低くそうなスーパーカー群(ポルシェ924とかもどさくさまぎれにあった気がする)が勢ぞろい(笑)。「お金を払わない子には、ぜーったい見せないもんね」の意思表示は会場の周囲を覆い尽くす「紅白の横断幕」。今でも春日町周辺では、語り草になっている「恥ずかしイベント」でした。実は通な子供はカッチョ悪いことちゃんと知ってるのにね。純真なコドモをなめたらいけませんな。皆さんの地域では、この手の「極悪イベント」ヤッてましたでしょうかね。

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2011年2月 8日 (火)

原体験はすぐ近くにあったりする

 「何とか途切れないようにとの努力、評価いたします。(byりゅたろうさん)」・・・はい、冷え冷えとした暖かいコメント、有難うございます(笑泣)。ハイ、つぎイッてみよう!

 はい、こんばんは。本日もリミット10分前ですね。ホント大変なんだから。

 今日は、初めて見たマセラティの話。ご存知のように、練馬には「とし○えん」という遊園地がありまして、その正門付近には、かつては来園客用の駐車場建物がありました。当地、現在は「シネマコンプレックス(映画館が集合してるヤツ)」になってしまって、往時の原型は残念ながら留めていないのですが、当時はその中に、「園の関係者用」のスペースというのがありました。ある日、駅のプラットホームから、そのホーム沿いに建っている建物の中をなにげなく覗いてみると、・・・んっ?屋根が鈍く光っています。だいいち妙に車高が低いのも何だか只者ではないのを主張しているようです。改札を出て走りより、檻のような無粋な柵のすきまから内部を凝視・・・「ボーラ!マセラティボーラだ!」たぶん叫んでいたと思います。中にはクルマの管理人らしきおぢさんがいまして、そんなワタシと友人を中に招いてくれました。今様に云えば、「ブルーセラ」の塗色、いや、ワタシの記憶の中では、もっと暗く、渋く、深い濃紺といったイメージなんですが。ルーフはボーラですから、ステンレスむき出しのヘアライン仕上げ。そのコントラストは絶妙で、昼なお暗い駐車場建物の中でも存在感と得も云われぬ重厚な趣きを兼ね備えていたのを強烈に覚えています。さらに驚くべきことには、その隣のブースに「ストラトス!!(もちろんランチアの)」が居るんです。もう、ホントに夢かまぼろしかと云った感じでした。そいつも、濃紺。ルーフディフレクターとトランクスポイラーの付いていない、もっともプレーンなタイプのストラトスは「通の粋人」が乗っているといった佇まいで大変好ましいものでした。ソリッド濃紺の塗色は今でも珍しいものと認識していますが、本当に「ザ・カッチョいい」です。ドア上端のストラトスデザインロゴや、Bピラーのベルトーネロゴは白い色で、濃紺のボディにひときわ映えるアクセントとなっておりました。

 管理人(なのかな?)のおぢさんはとても有難い方で、ボーラにも、ストラトスにも座らせてくれました。その時、ストラトスのドア内張りについている広大なドアポケット(あとでコレはヘルメットホルダーなのだと知る)に関心したり、ねじを緩める要領でぐるぐると回してダイヤルロックをリリースし、ストンと落とすドアウインドーから外に顔を出して、ワタシのでかい顔が抜けなくなったり(笑)と、まあ、堪能させて頂きました。確か同園の社長さんのクルマと伺ったようにも思いますが、真偽の程は定かではありません。あるいは、管理人のおぢさんが、実は社長さんご本人だったのではないかとも思います。いずれにしても良い思い出にはなりました。有難う「とし○えん」。遊園地は練馬へどうぞ。最近は、アニメおたくの「コスプレイヤー」の聖地となってるようです。浦安ネズミランドより、安上がりで面白いですから、マイクロ・デポにご来店の帰りにでもお寄りになってみては如何かと思います。

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2011年2月 7日 (月)

ざ・鍋

 はい、こんばんは。皆んな、ついにワタシが力つきて「ブログおさぼりモード」に入っちゃったと思ってるでしょ。→はい!ほぼその通りです(笑)。というわけで、今日は超変化球ねた。

 たこちゃんオススメの鍋の作り方

 あのー、コレ我が家では冬の定番なんですが、舞台美術家でエッセイストとしても知られている「妹尾河童(せのうかっぱ:なんと本名(笑)」さんの著作に作り方が載っていたものです。なにしろ簡単、腹にも優しく、その上旨い!日本酒(辛口)が良く合いますので、ぜひお試しを。ワタシの真冬のスタミナ源であります。

材料&用意する物

ジャパニーズ土鍋か、ルクルーゼ鍋:大きさは人数により適宜選定。

白菜4人前なら:丸一把、2人前なら半分に切る

豚肉(三枚肉・バラ肉)の薄切り→しゃぶしゃぶ用として売られているものでも良い。

料理酒100cc程度(4人前の場合)当然2人前の場合は50ccほど。

作り方

①:白菜のはっぱとはっぱの間に、スライスされた豚肉を一枚一枚はさんでいきます。

②:それを、そのまま鍋にぶち込み、料理酒を放り込み、鍋にフタをします。

③:超トロ火で20分煮るのですが、15分過ぎたら、中の様子をいちど窺ってみてください。白菜が軟らかくなったら完成。

以上!

「水は入れないの?」「味付けは?」という声が聞こえてきそうですが、水分は白菜から十分に出ます。また、白菜に豚肉のエキスが沁み込み、得も言われぬ良いダシが勝手に出ます。

ポイント→人参・大根・豆腐・しいたけ・ネギなど、「いろどり」と称してつい色々入れてみたくなりますが、この鍋に関しては、なんにもしないほうがシンプルで必ず旨いです。昨日テレビみてたら、「味○素」の「ほ○だし」のCMでこれとほぼ同じ構成の鍋の作り方をやってましたが、「ほ○だし」入れちゃうんだよなあ、CMだからあたりまえだけど(笑)。

付けダレの方を色々と工夫します。ワタシの家でお勧めなのは、「シマヤの味付けダシ入りポンず」です。あまりそのへんで売ってないかもしれませんね。あと「倉敷鉱泉」というところが出しているポン酢類はちょっとお高いですが、必ずやあなたを満足させるコトでしょう。「ゆずこしょう」などもいいですね。

鍋の中身を8割食べ終わったら、うどんを入れるか、おじやにするかして、とどめを刺しちゃってください。うどんの場合がちょっとブラックペッパーを挽くと味がしまります。「ああ、満足」シアワセだなあ。あしたもがんばりましょ。・・・きょうは、セブン○レブンの焼きうどん食って寝ます(泣)。おやすみなさーい。

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2011年2月 5日 (土)

ストラトス=ザ・パーパス・ビルド・カー

 こんばんは、今日もネリマは比較的に穏やかな一日でした。いつもこんなだといいんだけれど・・・。

(昨日の続きです)

 実はワタシ、中学校に入るまでは「マセラティ」とか「ランボルギーニ」なんていう銘柄はまったく知りませんでした。近所(とはいっても自転車で片道30分圏内)には、プラモデルを売っているお店が5~6件はありましたでしょうか、どこもそれぞれ品ぞろえに独特の癖があり、昨日「おぐ」さんがハマっていたと仰る、1/700ウオーターラインシリーズ(ワタシも17隻くらいは作りました。なぜか航空母艦「飛龍」がお気に入りでした。ああ、重巡洋艦愛宕なんてのもあったよな。アオ○マが担当してるヤツはどれもヒドくて(&艦底色がまっかっかでヤダ:笑)、兄弟艦のハズなのに、このデキの違いはナニ?って感じだったのが印象的でした。現在は革新的に金型技術が向上しているみたいですけど:ああスッカリ余談)を始めとする「船モノ」が得意な店や、昨日の練馬駅前の店は、バンダイ1/48電撃機甲師団シリーズが超充実の上、同じくバンダイの1/20カーモデルシリーズ、マスコミシリーズと、なぜか「ヤマト」や「ガン○ム」出現以前の「バンダイもの」が得意。一方、仰ぎ見る存在、タミヤ1/12F1群が全ぞろいする店、忘れちゃならない1/35ミリタリーミニチュアシリーズ(タミヤ)に命を賭けてる店(こういう店には、「松戸のS」さんが云う「ハンブロール」や「モノグラムカラー」なんかの「洋モノ塗料」があっていつも売れ残ってたりします:笑。)など、まあかなり充実していたと思います。

 ・・・タミヤが悪いんだよな、きっと。マセラティもランボルギーニも無かったもん当時は。で、フェラーリとかポルシェは古くから1/12巨大シリーズにあったんです。ロードカーじゃないけど。だから知ってました。おまけに、ローラとかブラバムとかマクラーレンなんかはヘンに知ってるわけです。もちろんロータスも。

 スーパーカーブームの時も、タミヤさんはなんか「斜に構えた」姿勢で、ミョーに気合の入ったスーパーディティールキット「ポルシェ934」なんか造りやがって、「ミウラ造れっての!その自慢のスーパー金型技術で!」と心の中で何度叫んだコトでありましょうか。

 今もムカシもそうなんですが、ワタシ基本的に「ストラダーレ(公道用車)」か「プロトタイプレーシングカー」が好きなので、当時で云うグループ4とかグループ5(俗にシルエットフォーミュラ)とかの、公道用モデルのカタチにオバフェン・エアロ・シャコタン・極太タイヤっつうヤツらはダメでした。だって、アレ「族」じゃん(笑)。だから、「イオタ」は興味無し。断然ミウラ!

 そういやタミヤは、スーパーカーブームも最後になって、1/24シリーズでカウンタックを御丁寧にLP400と500の両方出しましたが、全体的な雰囲気やフォルムの掴み方、ギミックなどすべての点で「東京マルイ」が既に出してたカウンタックの後塵を拝していたように思います。マルイのは、夢があったよなあ、あのドアの開閉ギミックは素晴らしい。経年で、ホイールがドロドロになるのは勘弁して欲しいが。

 ああっ!ここは、ホ○ージャパンの「懐かしスーパーカープラモ列伝」じゃなくて、「マセラティでイッてみよう!」ですからね、くれぐれも。で、当時までに発売されていた、マセラティロードカーのプラモデルをワタシが知る限り以下に記します。強プレミア品になってるものはたぶん無いと思われますので、ご興味のある方はネット検索でもしてみては如何でしょう。また、ワタシの知らないモデルがありましたらコメントしてくださいね。

まずは、代表選手のマセラティボーラ

1/24ニチモ(よりによってUS仕様でデキもいまさん) 1/28日東(サーキットの○シリーズ廉価版の方) イマイのノンスケール駄菓子屋キット ・・・ほんとにこんなのしか無いの?

続いてマセラティメラク

1/24グンゼ(シャープな造形) 1/24クラウン(超三流メーカーだけど、なぜかこのキットはチカラ入ってる。でもコレが決定版とは・・・とほほ) でやっぱりイマイ駄菓子屋80円もの(ランダムに混ぜたアソートパックで4個300円売りもしてました)

旗艦、マセラティカムシン

1/32クラウン(造形はコレもなかなかよいのですが、スケールがコレじゃねー)

で、なぜかマセラティブーメラン

1/24アオシマ(なんかものスゴイ成形色だったように思う)で、イマイの80円モノ

以上はスーパーカーブームもたけなわの1977年から78年あたりに発売されたモノと思われますが、60年代には、1/24マセラティミストラル(ニチモ プロコンシリーズ:数年前に、Kさんよりお預かりしているものが、当店に展示してありますが、気付くヒトはまあいまい:笑:ところで、Kさんギブリは元気ですかあ)

 さてさて、マセラティがスーパーカーブームの渦中ですら、如何にゾンザイに扱われていたかが、お分かりになって頂けたと思います。ですから、手持ちの愛車はランボルギーニやら、フェラーリやらに偏っていかざるを得ないのですが、そこに降ってわいたのが、「プラモ屋主催のカーレース大会」というヤツで、しまいにゃ全国大会もやったと思います。まあ、のちの「ミニ4駆ブーム」のさきがけとも云えるムーブメントでした。

 昨日おハナシした、「ミョーにプラモに詳しいおやぢ」が始めた店でも、早速近所の公園にて賑々しく定期開催の運びとなり、本番当日に向けて各人愛車のチューンナップに余念がありません。参加できるレースには2種類があり、A:とにかく一直線にスタートダッシュさせ、ゴールに一番に飛び込んだヤツが勝ちのトーナメント戦とB:Aのコースに割りばしを折ったヤツがばらまいてあるという、云わば悪路ラリー風演出のものという単純明快なものでありました。アペンディックスJに相当する参加レギュレーションは、「おじさんの店で買ったクルマ」であれば、いかなる無法チューンも許されるという弱肉強食の世界。「地獄の沙汰もカネ次第(笑)」というわけで、カネのある高校生軍団(くるんじゃねーよ、いい歳こいて:笑)は、どでかい強力マブチモーターと山ほどの単一電池が搭載できるという理由で、皆一様に「マルイ ポルシェRSR マルティーニ仕様」で襲いかかってきます。賞品がなにせ、そのプラモ屋の商品券だったため、結構気合いが入るんです。くうー、おやぢ、コドモ心分かってるねえ。

 ワタシ、Aの「直線番長レース」はハナからあきらめました(笑)。だって、可能性0だもん。そこでBの「ラリー」。ラリーと云えば、そう、ランチアストラトスと、こうくるわけです。選んだのは、日東1/24のストラトス、昨日の話に出た「ムナーリ仕様」がベース。モーターはオリジナルのマブチFA130モーター。一番小型軽量で安いヤツですね。それに重量配分をとことん考え抜いて単三電池を4本搭載。初陣はラリー部門の参加車も少ないので、結構イケまして、堂々の2位入賞で商品券をゲット!で、その商品券で同じストラトスをもう一台おかわりし、今度はストラダーレ風に黄色く塗装し、内装はなんとか、あのジャージ地の雰囲気が出んモノかと、メリヤスのシャツを切ったやつを車内に張り込みまくり、ブルーに染色(おいおい、軽量化は?)。で、電池は単三2本に減らし、ほとんどノーマルに。・・・で、またも2位に(喜)。おまけに、おやぢの気まぐれで、急遽「コンクールデレガンス」にあたる賞までその場で発案され、それも我がストラトスの頭上に。人生の中で嬉しいコトはそうそう覚えてないもんなんだそうですが、これだけ鮮明に覚えてるのはよっぽど嬉しかったんでしょうね。

(どこまで続くのやら:みんなーついてきてるかあー)

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2011年2月 4日 (金)

練馬のレジェンド

 あー、さすがは「立春」だわ。今日のネリマはとっても過ごしやすかったです。なんか、「三つ巴」に色んなコトをここのところ書いてきちゃってるんで、収拾がつくんでしょうか(笑泣)、自問自答。

(昨日の続きですよ)

 忘れもしない第一次石油ショックの時、ワタシは小学校の四年生でした。世の中はやれ洗剤が品不足だの、トイレットペーパーが売ってないから、今後どうやって新聞紙を落とし紙にするかとか(笑)、まあ、いろいろと無責任なマスコミは喧しいわけですが、ワタシにとっての重大問題は、そう、何と云いましても「プラモの値上げ」でありました。この時の値上げ幅の振れは我がマセラティの部品価格に匹敵する(泣)もので、例えば、従来100円売りだったものが、150円~200円に、300円売りだったものは500円に、500円売りだったものが、700円にといった具合で、それはもう上げ放題。それが、また、日に日にどんどん上がっていくんですよ。当時(今でもかな?)プラモの箱には、箱の短い方の辺の右下あたりに、小さくコード番号のフリをした感じで「定価」が印刷してあったのでありますが、一週間後にプラモ屋を訪れますと、その定価の上に小さなシールで「新定価」が張り付けてあるといった塩梅。消費税導入の時も、その時のガキど・・・コホン、あっ、いえ、お子様方が100円玉握りしめてって、5円足りないから、「エーン!」なんてネタがよく報道されておりましたが、そんな甘っちょろいモンじゃありませんぜ。

 ワタシの家では、学年×100円=月給(月々の小遣い銭)というコトになっておりましたので、四年生の時ですから、400円が毎月の収入というわけです。で、ついこの間まで、100円で売ってた(チャッちい)300円プラモを一個買うと、あとは100円です。駄菓子類の価格も高騰(笑)の一途を辿っておりましたから、まあ、ろくなものにはありつけないわけで・・・、よく拾って食ってましたヨ、「ライダースナック(笑)」。コレは「同時代人」の方々にしか分からないネタでしょう。小学校の近所によくある、「文房具屋兼駄菓子屋」みたいな店の前には、ダンボール箱ごとゴッソリと新品のスナックが置き去りにされてました。一方で、「価格高騰」って騒いでいるのに、「ライダースナック」はいくらでもおっこってる(笑)。なんとも珍妙な時代でした。

 そんなワタシの耳に朗報が飛び込んでまいりました。練馬の駅の近所に「ディスカウントショップ」なるお店があって、そこではプラモデルの値引き販売をしているというではありませんか。速攻で行ったのは云うまでもありません。今でこそ、玩具は大手スーパーや、トイ○らすなどの割引販売で定価より安く手に入れることは極々あたりまえのコトになってしまっているので、この時のワタシの感動がお若い方々には伝わりにくいのですが、これは、極めて画期的な事件であったのです。700円のものには、595円と値札が貼ってある。定価120円にまでなってしまった、レベルカラー(おお、懐かし!)も、旧定価の100円で。そこには、一番年長のおやぢの店員が居て、この方がまあ、プラモに詳しいのなんの。どうも、店主と思われる中年の夫婦も同時にいるのですが、こっちは、「あー、商売、商売」といった体で、子供の受けは悪かったように思います。長じてから得心したのですが、ここは、本業が質屋さんであったのです。そういえば、プラモ以外にも、電気シェーバーやら、メガネやら、ライターやら売ってたなあ。

 2年後、ワタシが小学校を卒業するころ、どういった事情があったのかは知りませんが、その「おやぢ」さんは独立し、練馬駅から離れたところでプラモ屋を開業しました。値引き商法はそのままに・・・。そうして、怒涛のスーパーカーブームの足音が聞こえてきました。

(まあ、続くでしょ、こりゃ)

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2011年2月 3日 (木)

あこがれ

 ちょわー!今日も相変わらず寒いですね。クアトロポルテV8、エンジンのシリンダーヘッドを降ろして燃焼室頂部に当たるバルブ先端周りのスラッジを朝から晩までかかって落としていました。途中、ご注文者の「Nさん」御来店、差し入れ有難うございました。頑張ります!

・・・にしても、何ともはや、地味なシゴトだよなあ。

(ここから、昨日の続きだったりする)

 で、何とか無事に新潟からは帰り着くコトができました。昨日「いしかのぎちと」さんより頂いたコメントは「大正解」でして、新潟で大枚はたいたホテルは、まさに仰せのところでした。あの金払うなら、虎ノ門の御本家に泊まってみたかったものですね。あっ、そうそう。今日、上のNさんと雑談していたところ、このブログの話となり、「西湘バイパスでRX-7を点にしたハナシ」が出たのですが、その時同乗していたのは、ウチの次男の方だったらしいです。とりあえず、訂正を。だいぶん記憶がアヤフヤに。

 さて、ハナシは前後いたしますが、ワタシの初めてのイタ車はフィアットX1/9であることを先日書きました。「Ryo」さんが話題にしてくださった、ランチアベータモンテカルロとは兄弟とも云えるクルマです(「だんちょ」さん、久しぶり(笑)!また、当ブログを御贔屓に)。

 もう、衝動買いでしたね(笑)。当時でも、オリジナルカラーを残したX1/9はすでにほとんど残存しておりませんでしたから、サイドのベルトーネストライプと御大「ヌッチオ・ベルトーネ」のサインの入ったステッカー、そして、ビニールレザーながら、純白のシート、すべてが、イタリアンカロッツェリアワールドでした。ランボルギーニウラッコやフェラーリ(ディーノ)308GT4などのベルトーネ製ボディのクルマによくつかわれるドアのアウターノブも嬉しかったし、「松戸のS」さんのRX-7バナシと同様にスーパーカーブーマーにとっては、必須のリトラクタブルライトも誇らしかったモノです。

 社外のアルミホイールにはピレリチュンチュラートP7が!!もう、倒れそうに(笑)。チュンチュラート(これの意はラジアルくらいのたわいのないものだったような気が)P7という響きはやはり、スーパーカー少年には応えられないもので、カンパニョーロのホイール共々、多くのスーパーカーの必須アイテムでした。フェラーリはお馴染み5本スポークの星型クロモドーラにミシュラン(だと、やっぱXWX?)という構成が多かったように思います。

 スーパーカーのタイヤ=P7という刷り込みはひょっとするとワタシだけのものかもしれません。当時ランチアストラトスHFに相当イレ込んでおりましたので、もう、プラモ、作った、作った、あー、作った(笑)。で、ストラダーレのプラモはあんまりなかったので、大概「サンドロ・ムナーリ」様がモンテカルロラリーで総合優勝した「ゼッケン1番」のものを買うことになるのですが、同じラリー仕様ばかりではつまらないし、かといってサファリ仕様は屋根にタイヤ乗っけたりするので、如何なものか(笑)と思ったりもするので、強引に黄色く塗って、左右のドアの上端にある「ストラトスのデザイン文字」と、左右Bピラーの「ベルトーネマーク」は爪楊枝で丁寧にマーキングを施した上、内装はブルーに。嗚呼、コレ書いてたら現物が欲しくなってきたぞー、買えんけど(泣)。ともかく、このプラモについてくるタイヤが、必ずピレリチュンチュラートP7であったというところが、「刷り込み」の原因なのではと思ったところで、ハナシはどこまでソレるのやら。

(はい、続けますとも)

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2011年2月 2日 (水)

表向きアンチフェラーリの意外なる真相

(昨日の続きです)

 北軽井沢の別荘地で、オルタネーターベルトの切れたマセラティカムシンを応急修理する一週間のあいだ、次男とふたりで即席ラーメン三昧だったというところまで話が行きました。

一週間の幽閉軟禁生活から解放され、ようやく東京に帰れるコトにはなりましたが、カムシンが戻ってきてみると、「あー、LHMの警告灯が点いてるし、予備のLHM持ってないし!」。このカムシン、マセラティがシトロエンの傘下だった時期のクルマで、あちこちにシトロエン特許ハイドロシステムが着いてるんですが、ブレーキ機構がまさにソレ。ああ、大昔のCG誌に、警告灯が点灯してから、「27回、ブレーキが踏めると取説にある」とあったのを思い出し(有難う小林彰太郎先生:でもなんで27回なの?)、蛮勇を奮い起して越えました、碓氷峠(笑)。「正」の字を頭の中で思い描き、「今何回目だっけ?」と次男に聞きつつ、基本的には、エンジンブレーキのみを使用する「ハードコーナーリング」の連続。こんな時、カムシンの生まれ素姓が生きてきまして、ロック・ツー・ロック2回転のウルトラクイックステアリング(シトロエン特許のパワーセンタリングステアリングです)を駆使しつつ、図らずも、エキゾチックスーパースポーツで峠を豪快に走る快感を感じるコトが出来ました(だから、良い子はマネしないようにってばあ:笑)。

 ああ、そういえばこんなコトもあったなあ、とたった今思い出しましたが、「ざ・キャノンボール・ラン」と銘打ち、目的不明の「ただ走るだけ」といった自主イベントも次男とはよくやってました。この時は何のクルマだったかなあ、とにかく思い立って関越に乗り、無目的に走ってたら、やっぱり「新潟」に着いちゃった(そりゃ、関越だモンな:笑)。夜の8時くらいでしたか、簡単に宿が取れると思っていたら、大きな間違いで、中の上クラスのホテルまで全部満室!さんざん探した結果、都内一流ホテルの系列だという、あるホテルに。「目ん玉飛び出価格」の宿泊料を覚悟のチェックイン。市内に繰り出し探索するも、「旨いもの屋」系統のお店は8時台だというのに、みーんな閉まってる。今現在の新潟は知りませんが、25年もムカシはそんなでした。「なんでこんなところまで来ちゃったんダロ」とふたりして3秒くらいは反省したと思いますが、「明日、新潟競馬行こ」との次男の言葉を聞いてスッカリ立ち直り、翌日は意気揚々と競馬場に。帰りは意気消沈(笑泣)。ワタシ、あとにも先にも、競馬場で馬券を握りしめての観戦は人生でこの一日だけでした。なかなかに面白いものですが、当日はヤケに寒くて(おまけに懐も)、二人して風邪ひきましたヨ。「だから、馬なんか大キライ」だあ(笑)。

(もしや、まだ続くのか)

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2011年2月 1日 (火)

まっ、いろいろあらあな。

 (昨日の続き)

 ダッシュ内ハーネスが全焼していて、他にも動かないもの・・・、そりゃ、ありますよね(笑)。そのカムシンの不良箇所を(おもな部分だけ)列記すれば次のように、

・エンジンが(たぶん)2気筒位常時おねんねしてる→エンジン停止より1分後に「スパン!!」と大音響を発するので、近所のヒトは突如銃撃戦が始まったのかと訝る。

・リトラクタブルライトの動作シリンダー、ヘッドライトスイッチ、パワーシート動作スイッチ周りからの「LHM」漏れ。特にヘッドライトのは酷かったので、近所にあった西武自販(当時のシトロエンディーラー)で毎週2本のLHMを購入、継ぎ足しながらの走行。

・エアコンは付いていたが、駆動ベルトは切ってあり、動作はもちろん(笑)しない。

・一応パワーウインドーなのだが、助手席側が開閉しない→のちにレギュレーターの駆動ワイヤーがしばりつけてあったコトが判明(笑)。

 まあ、マセラティカムシンというクルマ、後期型の発売時点で、1600万だったか、1800万だったか、とにかくものすごく高価なクルマで、マセラティ車の中でも、フラッグシップモデルの位置づけでしたから、当時のクルマの装備品としては、フル装備と云えるほど、充実したエクイップメントでしたが、それらの悉くが壊れている(泣)と、そう思ってください。

 ・・・さて、なんぼアホなワタシでも、すべてのメーターが動かない状態では、心もとないので、電気屋さんに入院させて、ダッシュボードを降ろして、すべてのハーネス類を引き直してもらいました。2週間の後、退院し、見事にすべてのメーターが動作!これだけでも、もう感動しました。ちなみにこの電気屋さんは現在でもマイクロ・デポのすべてのクルマの電気周りを監督する、我々が技術的にもっとも信頼する協力業者さんです。いわば、マイクロ・デポの「電気部門の師匠」ですね。その後、我がカムシンがダッシュボードを降ろすハメになったコトは一度もありませんでした。

 あとの、不良箇所は・・・ぜんーんぶ我慢して(いや、たいしてガマンしてたという意識すら無かったケド)乗り続けてました。時どきキャブ調してもらうくらいで。そりゃもう、乗り倒しましたよ、雨でも風でも、雪!でも。毎日通勤に普通に使ってました。エンジンは決して本調子では無かったものの、「西湘バイパス(神奈川県にある、海沿いのロケーションのカッチョいい道路:CGTVなどでよく登場する)」では、RX-7のチャレンジを受け、その時は助手席に現在の当社工場長(三男)が乗っておりましたが、瞬時にルームミラーの点になるRX-7を見て「やっぱマセラティってスゲー」と思ったそうです。当時国産車では、一目置かれる存在だった「ロータリーロケット」を、2気筒寝ている手負いの状態で、一蹴できるのですから、「ああ、さすがは60年代に世界最速車であったマセラティギブリの末裔」だと感銘を受けたものです。

 ああ、燃費は死にます(笑)。リッター当たり200円もした、有鉛ガソリンを100リッターも入れて、湘南地区を一回りして帰ってくると、スッからっぽになってましたから。エンジン絶好調なら、もう少しマシだったのかもしれませんけどね。

 その後も、軽井沢の「鬼押し出し」付近で、夜中にオルタネーターベルトが切れて、なんとか別荘地までは辿り着いたものの、現地で応急処置に一週間掛かり、足が無いので「軟禁状態」。同乗していた岡本次男とともに毎日即席ラーメンの日々というのもありました。

(まだ、続くんだろうな)

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