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2012年3月 6日 (火)

思い出そうよ、手造りの心(その2)

 なーんか、ここのところの東京は「梅雨」みたいでしたね。今朝も起きたらまだ小雨で、些か辟易としておりましたが、お昼頃にはようやく久しぶりにお日様が顔を出してくれました。

 ところで、「クラフトマンシップ」に相当する云いまわしとして、ここ日本にも「ものづくり」という言葉があります。10年ほど前のいっときはブームの様に「製造業を見直そう」といった気運が高まり、マスコミなどでも盛んに喧伝された言葉です。地を這うような低迷と迷走を続ける平成の日本において、輝かしい昭和後半の成長期を支えてきた「重厚長大産業」の栄光が今にして懐かしく思えてきて憧れの対象となったのかも知れませんね。

 思えば、ちょうど現在のワタシと同年輩の人々がちょうど高校生や大学生であった頃、「3高(高身長、高収入、高学歴)」などという言葉が流行り、一方それに対比する文言としては、本来「3低」であるべきところが「3K(4Kまで入れると暗い、汚い、臭い、危険だったかな?:笑泣)」と云うのがあり、コレは主に製造業や第一次産業の現場仕事に従事する人々を揶揄したもので、過酷な労働に歯を食いしばって立ち向かう、特に若者を蔑み、あざ笑う酷い流行でした。その頃の世は「女子大生ブーム」に沸き、「オールナイトフジ」なんて番組もありました(その番組の終盤の時間帯に、うちのヨメの友達が毎週出演してたそうです→夜明けのエアロビクスコーナー:分かるヒト、そーとートシあるね:笑)ね。「アンタたち、当時のじょしだいせーが、色んなコト云って、贅沢ばかりを所望してたのが突き詰めれば現在の日本がこーなっちゃった原因なんだからね!」と毒づくワタシに「でも夢があったんだからいーぢゃない」と言い訳するヨメ。・・・「でも、確かにそうかも知れない」

 かくして、優秀な若者たちはこぞって「3高」を目指し(まっ、背丈だけはいかんともし難いが:笑)、「3K・4K産業」を志望するヒトは壊滅的にいなくなってしまいました。国内製造業の目に見える凋落はこのあたりから始まってしまったように思います。誇りを持ってモノを生みだしていく原動力が失われてしまったのです。実際この時代には、ワタシの知る限りでも「短大を出た我が娘(証券会社に就職)の初ボーナスより、父親(製造業に従事)である自分のボーナスが低い」のにイヤ気がさして、30年勤めてきた会社を辞したヒトがいました。それくらいに製造業従事者(営業職や総務、経理などのホワイトカラー職制の人も含め)というのは、どういったわけか割に合わない社会的地位を押しつけられてきました。大学の理系を出た研究職の方々も、それだけの頭脳を持ちながら総じて地味な暮らしぶりです。

 その路線をもっとエスカレートさせた極致が「バブル景気」。投資や不動産投機をしない人間は「変りもの」扱いされ、作業現場で汗を流す人々はいよいよ馬鹿にされていきました。当時ワタシ自身は製造業に身を置いておりましたので、浮かれた世間とは隔絶された田舎の工場で「ジュリアナ東京」や「芝浦Gold」に想いを馳せておりましたよ。一度でいいからお立ち台の上で扇子をヒラヒラと踊り狂う「アラキ師匠(コレ憶えてるヒトも、そーとートシあるよ:笑)」とかナマで見てみたかったモンだ。

 ・・・余談ばっかりですね(笑)

 「ものづくり」という言葉からは「熟練職人による手造りの芸」というのをどうしても連想してしまいます。建築物においては「宮大工」を筆頭に、名工を多数輩出していますし、鍛冶屋さんなんてのも、今風に云えば、金属加工業と焼入業、研磨業を兼ねた存在だったのだろうと思います。「刀鍛冶」なんかはその中でも最高峰の職人と目されていたコトでしょう。「陶器」の有名窯元、「漆器」や「茶器」造りの伝統も忘れてはなりますまい。各地に存在する「織物」なども、現代風に云えばアパレルメーカーの一端であったというわけです。

 しかし、そういった伝統的手法でモノを造り出す工芸品的な「ものづくり」がある一方で、「量産」が大前提にある現代の製造現場においては、培われてきた製造技術を師から弟子へと「伝承」するという時間と手間の掛かる教育方法が真っ先に否定されていきました。最前線の製造現場では、「熟練工」でなくても「間違いが無く、短時間に」組める工法が模索され、清潔な工場で充分に安全を確保された上での労働が保証されたかのように見えます。

 しかしながら、昨日の「一松」さんからのコメントに御指摘がありますように、あの現代においてなおクラフトマンシップを標榜するマセラティの工場ですら、本当に「手造り」をしているハズの部門、例えば革シートや内装トリムの縫製など、「本来の見せ場」である部分を見せていませんね。それはまさに「外注部門」だからでしょう。ポルトナーレフラウ製の本革内装と云えば、いっけん聞こえはいいですけれど(もっとも、魅力的な響きではありますケドね)。ここが商売上手なイタリアンといったところです。製造業の逆襲を見る思いで、むしろワタシなどはスカっといたします(笑)。万人とは違う、非常に高価な少量生産品目を手にして、喜びや満足を得るのは、多くの場合「非製造業」で成功した方々ですからね、ほぼ万国共通で。

 ここで考えなきゃいけないなと思い至ったのは、まずもって「手造りって何?」という根源的な問題です。何をもって「手造り」と定義付けるのか・・・分野にもよりますでしょうが、コレは難しくなってきたぞー(自分で振ってはみたものの荷が重い:笑)。

 論旨がまったく纏まらないままに、明日に続くのであった。

 

 

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コメント

ウチの向かいの絹織物屋さんは、柳宗理氏の父君、宗悦氏の民芸運動とも繋がりを持つ逸品なのですが、この御時世、苦労されているとのこと。
先日、都会ナンバーのベンツでやってきた御夫婦が、ストールを見て「高い」と。うーんミッソーニなんかより安いと思いますが?(一時期デルタ系にミッソーニのレカロがありましたね)、なんか悲しいですね。

↑「一松」さん、修理の方、スピードメーターでハマりこんでおりまして(部品が来るとかこないとか、Cーンズさんの方が二転三転するもんで・・・)お待たせしてしまい本当に申し訳ありません(とこの場をお借りしての業務連絡で我が恥をさらすワタシ:笑泣)。ウチのヨメは柳宗理さんデザインの調理器具(趣味のケーキ作りに欠かせないボウルだそうです)を愛用しておりますと、当コメントを拝見して申しておりますです。ミッソーニはマセラティビトルボ425でも手腕を奮っております。それはそれは美しいブルー系の内装で、シートは「例の玉虫模様のセーター」と同じような織物。425の本カタログでは、ブルーシルバーマセラティの外装色と組み合わされて、超絶の存在感を放っております。コレ、バリもん造ってみたいなあ。お金を持つヒトが文化を支えなければ、極少量生産の世界は成り立たないと思いますよ、ホント。

「手作り」とは。
人間の手作業の工程が入ったもの。

例えば、手作りケーキや手作り味噌等
手作業の工程が入るとよりウマく感じますよね。
モノづくりに関しても、手作業が入ることで人のぬくもりや
温かみが感じられると思います。

...ありきたりの単純な意見でスミマセン。

手づくり…。大工仕事だと手加工とか、手刻みとか、人が直接素材とかかわり合うことを言いますかなあ。ちなみに車の手づくりというと、モーガンとかブリストルとかを思い描いてしまいますが。

手作りの物であれば100年後でも直せそうな気がします。

ガンディーニクアトロポルテの内装より
430やらの内装が魅力的なのは、
やはり手造り加減が違うからなのではないでしょうか。
そういえば、今度の222今でで一番
縫製の糸がちゃんと残ってます。凄いです。
このままにしておこうとすると乗り降りできないので
あまり気にしない事にしますがw

憶えてますよ〜 アラキ師匠ww

「手作りの逸品」は確かに高い。それは正直な感想です。
日常生活において使用する状況では、そんな逸品など使えませんし、第一買い求めも出来ない。日本のものであろうと、外国の有名ブランドのものであろうと、そりゃ年収が常時税引き1億くらいあれば買い求めもしますが、無理。無理、無理、無理。
いくら少なくなろうと、我が国において伝統産業、職人さんの逸品が存在出来ているのは、そのような富裕層が存在し、彼らが買い求めてくれているからにほかなりません。まあ、ベンツに乗ってるくらいなら、富裕層に当てはまらない方の確率が高いんじゃないかな。年収3000万程度では京都の匠の逸品を使う生活なんて無理です。お医者さんやってるだけなら、税引き年収1億なんて夢また夢の遥か。グループ病院をいくつか持ち、その総ての理事長だったりすると可能かもしれない。でもそういった方々が、日本古来の麗しい伝統を支えている大きな要素であることは間違いないと思います。
それらを麗しく、美しいと感じるだけの私は、実のところ何の足しにもなっていないと思います。いつかそれらを買い支え、存在の助けになれればと思うのですが…

読み応えのあるブログ、いつもタイで楽しく拝読しております。

タイではデジタル一眼レフを製造してるんですが、各工程はすごい「手づくり」です。
(ただ高精度の部品を組み立てるだけでは一眼レフなんかできないんですよ・・・。)

けどけど、みなさんには「Made in Thailand」のデジカメ・・・。

「手づくり」感なんて伝わりませんよね・・・(泣)。

「手づくり」って何なんでしょうね?。

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