今日も朝方だけは比較的に過ごし易かった東京は練馬です。午前中には、とあるマセラティの査定に出張し、帰って来る頃には、もう「いつもの、うー(どころか、今年一番の”うー”だったかも:笑泣)」状態でしたけど。
ところで、長らくお送りしてまいりました「たこちゃんズの夏の陣(題名が違うでしょ:笑)」も、いよいよ本日を以って「大ラス」とさせて頂きます。
あっ、久しぶりに書いておきましょうね。ここは、マセラティ専門店のマイクロ・デポがお送りしている、ホントは旧いマセラティのコトばかりを書かねばならないブログ、「マセラティでイッてみよう:2」であります。しかしながら、本日もマセラティの「マ」の字も出てこないというワケですから、毎日ご覧になっている皆さんも相当”アキれ顔”になっているコトでしょうね。

タイムマシンの時間設定は、いまだ「2012年8月16日(木)」のままです。時刻はちょうどお昼前のひととき、AM11:00くらいです。
今度は「常滑」名物の”やきもの散歩道”を徒歩で廻るコトといたしましょう。昨日までご紹介していた「INAXミュージアム」からはクルマで10分程度のエリア。「専用の大駐車場」が、なぜか散歩道順路の途中にありますので、クルマで当地を訪れた場合には「お奨めコース」を初めから順に歩くコトが出来ません。いきなり、心の準備も無いままに”ソレらしい場所”へと放り込まれる感じです。




”見どころ”を教えてくれるパンフレットと首っぴきの”たこちゃんヨメ”に指図されるままに歩きます(・・・というよりも、”三歩ハナれて師の影を踏まず”といった感じで、ワタシはちょっと後ろでカメラを構えつつ、そろそろとついて行っていますね:笑)。
なんだか、見たいところを先にしようとすると、順路を逆走している模様です。周囲の壁に埋め込まれた”やきもの”の数々はどれもいっけん無造作に並べられたように見えますが、それぞれにある一定の法則性があるようで、ある種、幾何学的模様といった感じで面白いです。
”散歩道”は隅々までよく整備され、要所には”順路看板”も設置されておりますので、初めての観光客にもやさしいところです。




但し、無理やりに「観光地化」をしようか、といった”あざとさ”はあまり感じられませんで、”あり物”を使って見せ場を作ろうとしているのが好ましいところです。
嘗て、このあたりの工場がフル操業で、煉瓦煙突からは黒煙がもくもくと、それこそ四六時中立ち上っていた時代は、巣造りするツバメたちが真っ黒になっていたそうで、木造の建物の外観が皆一様に黒いのも、そもそもはそういった煤煙の影響によるモノだったのでしょう。そのうち、どーせ黒くなるのなら、初めから黒くしちゃえというコトで、狙って黒く塗っている建物も出てきたといったところでしょうかね。




迷路のような街の中。基本的には道路の幅員が非常に狭く、軽自動車がようやく通れるくらいの寸法取りです。
という理由で、ほとんどクルマの通行もありません。まさに”散歩道”の名に相応しいところです。
右を向いても、左を見ても、小さな窯元が軒を連ねます。
些か残念ながら、ワタシたちが訪ねた8月14日はちょうどお盆休みの真っ只中でありましたので、ほとんどの窯元さんがお休みで、あちらこちらの煙突からモクモクと煙が出る風景を拝見することが叶いませんでした。街は静かで人通りもほとんど無く、ひたすらじっとしているように見えました。遠くから蝉時雨だけが聞こえてまいります。








そのうち、ヨメが「”じゅっぽんエントツ”の建ってるところにイカなきゃ」と云いだしはじめました。
ワタシも愚直に「十本煙突」という看板が無いかと周囲をキョロキョロ。
そのうちに、ひときわ大きい案内看板が多数立っているスポットを発見。「題名:登窯」とある。「あー、コレコレ、コレが”じゅっぽんエントツ”のところよー」って「”のぼりがま”って書いてあるぢゃんよー」・・・ハヤく云え(”じゅっぽんエントツ”って書いてあると思って探してたのに:笑)。
その”登窯”、周囲をぐるっと一周しつつ、裏手の「十本煙突」を見上げます。”登窯”独特の内部構造を理解するコトが出来るように建物内部も歩きながら見るコトが出来ます。
森の中に木々と一体化するように溶け込む建物と煙突群。コレは、なかなか味わい深い風景でしたヨ。冬場に雪など降れば、ソレもまた格別の風景であろうと思いました。


この日も”むっしむし”の暑さで、もちろん”散歩道”の中途には「キンキンに冷房の効いたコンビニ」なんてモノはありませんから、ひたすらハヒハヒ云いながらトボトボと歩くワケです。
あー、コンちゃんのオロナミンC看板を発見!ちょっとアザトサを感じる琺瑯看板を貼った建物は、きっとなんらかの飲食店に違いないと近づいてみましたら、はたして”喫茶店”でした。・・・でも、やっぱりお休み(泣)。うー、アイスコーピーが飲みたいよぉー。



そのうち、幾らか”遊具”も置いてあるような公園を発見したので、そこのベンチに腰かけてひと休みをキメこみました。
一服ツケながら、公園の奥に目を遣りますと、煉瓦煙突の傍らに「デカイまねきねこ」と「デカイ”かめ”」を発見。
コレは見に行くしかないと思い、ツカれた足を引きずりながらも近づいてみました。説明ボードを見て、驚きましたね。この「デカイ”かめ”:ロ号大甕(ろごう おおがめ)」は、なんと第二次大戦末期に開発された(実戦には間に逢いませんでしたが)「ロケット戦闘機:秋水」のための”ロケット燃料貯蔵槽”として軍の発注に基づき制作されたものだそうです。この甕、ホントに実物を見ると驚くほどデカイんです。用途の是非はともかくとして、この無理難題に応えた「常滑」の製陶技術は、当時(いや、現在でも)の工業製品としては、やはり最高レベルのものであったコトは疑いないでしょうね。

ひと休みしたら、少しは元気が出てまいりましたので、さらに”やきもの”の街を散策いたします。
アップダウンが激しく、曲がりくねった狭い路を、相変わらず”正規の順路とは逆向きに”歩いています。
時おり、前方から歩いてくる”他の観光客”からは、毎度「コイツら、ナニやってんの?」的な視線を投げかけられてしまいます。こっちだって好きでこうなっちゃったワケでは無いんですけどね。




あー、コレが名にし負う「土管坂」なんですね。
雑誌の旅行記事や、テレビの旅番組で「常滑」を紹介する時には、必ず真っ先にココが登場いたします。
まぁ、確かに土管が並びまくった風景は特異なモノではありますが、写真でお分かりのように、ワタシが両腕を広げたほどの幅員しか持たない路地です。もっともこのスポット、そもそも本やテレビで紹介される時にもさして立派には映っていない(失礼)モノなので、意外にも「ガッカリ度(また出た:笑)」そのものは低いです。やはり、せっかく「常滑」に来たら、立ち寄るべきスポットでありましょう。

・・・ただねー、やっぱり、涼しい時期や時間帯に訪れた方がいいかも知れません。
ちょうど、真夏とお昼の真っ盛りに訪ねた”たこちゃんズ”は「干しタコ」になってしまいそうでした。
何しろどこに云っても、ほとんど日陰が無いんですから、コレは”日傘”を装備するなど何か考えないとイケません。さらには起伏も激しくて、息切れもいたします。特に御老人などには相当な高負荷だと思いますので、お気をつけて。




往年の「廻船問屋」の建物がそのまま展示物件になっております。
建物の中に入場するには、別途料金が発生するらしいので、時間も押しているコトだし御辞退申しあげましたが、庭園の中は通路として自由に歩くコトが出来ます。
建物内部に入って「ふっ、ふっ、ふっ・・・おヌシもワルよのぉー」と「水戸黄門ごっこ」とか「大岡越前ごっこ」とか「暴れん坊将軍ごっこ」に興じるのも面白いかと思います。この手の時代劇番組では、なぜか必ず「廻船問屋=”悪の元締め”(笑)」ですよね。
「追って、お上より厳しい沙汰があるであろう。覚悟いたせ。(水戸黄門)」「市中引き回しの上、打ち首獄門を申しつける(大岡越前)」「成敗!!(暴れん坊将軍)」・・・そのようなシーンをなぜか次々と思いだしてしまうワタシ。悪は必ず滅び、正義は勝つ!!ムカシの時代劇ドラマはスカっといたしますな。
・・・もちろん、こちら「濱田家」さんでは「清廉潔白」、断じて”そのようなコト”は無かったとは思いますが(脱線してすみません:笑)。





・・・その後も、片っ端から見るべきスポットを求めて歩き回りました。
ブログを書くにあたってコマるのは、こういった”街全体に漂う空気感を楽しむ”といった場所をご紹介する場合には、いちいち”写真キャプション”を付けるのが困難であると云うコトです。例えば「あぁー、デカイ”まねき猫”発見!!」とかね(こういうのはキャプション付け易い:笑)。
掲載する写真を減らせば、ワタシも苦労は無いのですが、拙い撮影技術で撮った写真を一枚でも多く載せるコトにより、ご覧になっている皆さんにも「その場所の空気感」を多少なりとも味わって頂けないものかと、これでも日々腐心しているのでありますよ。




はい、”やきもの散歩道”の本来の起点はここ。その名も麗しい「常滑市陶磁器会館」の前です。昭和30年代テイストの漂う建物は、かなりイイ味出してます。
コレでこそ、なんと云うか、やっぱり「常滑焼」の総本山にやってきたという実感が、いやが上にも湧いてくると云うモノです。ここに駐車場を設けてくれていたら、クルマで来たお客さんも「さぁ、イクぞぉー!」といった高揚した気分をもっと感じるコトが出来るのにな(オレだけか?:笑)。
ともあれ、こういうモンは見て行く順番も結構大事な要素だと思うのです。




相変わらずに順路を逆に歩いて行きますと、県道の上に架かっている見るからに「ワタシ好き」しそうな物件(笑)を発見しました。
「一木橋」・・・「あらかじめ橋を架け、その下の土をくり抜く工法で造られた」とあります。元はどのような地形だったのでしょうね。強引に”切り通し”状態を造ってしまったというコトなのでしょうか。ソレにしてもモノすごく豪快な工法もあったモンです。やっぱ大正時代のヒトもエライですね。
橋を渡り切るとすぐに「かき氷屋」さんがあり(でも、休業中:泣)、そこにあった自動販売機でようやく飲料をゲット、そして一気飲み。あー、ちょっと蘇生。












赤煉瓦の煙突が林立する往時の風景を今に伝える「煙突の見える丘」に立ち、”やきもの”の街を高所から眺めてみたりもしました。
煤けた煙突と黒い屋根、そして絡まる”蔦”の緑。断片的に切り取って見れば、確かにそこかしこから”懐かしの空気感”を感じ取る事は出来ます。
でも、全体的に眺めてしまうと、やはりムカシのようには見えないモノですね、残念ながら。やはり、考えてみれば平成時代もすでに24年が経過しているワケで、「明治・大正・昭和」の三代は、遠い地平の彼方となってしまったという事なのでしょう。
それでも、かろうじて残存するこういった”いにしえの街並”を、短時間ですがこうして歩かせてもらえた事には有難いと感じました。皆さんは、どう感じられたことでしょうね。コレと云った大きなトピックスこそはありませんでしたが、何かがこう、じわっと沁みる街でありました。しかるに、この”雰囲気をじっくり味わう”には、この夏は些か気候がキビし過ぎました(笑)けどね。
今度来る時には、あえて「寒いくらいの」時期を狙って来ようと思います。青々と茂る緑とはまた違った、「枯れた茶色い感じ」では如何でありましょうか。心の洗濯にはちょうどいいかな。
・・・さぁさぁー!コペ蔵もお待ちかね。午後は千葉まで一気にキャノンボール・ラン(笑)。

・・・と、思いきや、幹線高速道路はどこに行っても「ズドド渋滞」。
この先、ホントに繋がってるのか?と疑問を抱きつつ、その土地その土地の「地元ナンバー」車のシリを追っかけて走ります。
ところどころで知ってるところに出るんですけどね。そのうち、またまた訳の分からないところばかりを這いまわります。「ナビ?」もはや、まったく無用の長物です(笑泣)。






しまいには、なぜか”箱根越え”して小田原入り。
小田原厚木道路もその先渋滞に付、乗るのを断念。国道一号線から、途中で一瞬西湘バイパスの二宮まで。
「あー、富士山がキレイだこと」とか云いつつも、日付がかわる前に千葉に付くのだろうか、と心の中は穏やかではありません。
ナビに”した道”で入力してみたら、到着予定時刻AM8:40・・・って、明日の朝のコトかい(笑)!

・・・で、結局、旅のファイナルはいつものように、首都高速湾岸線をピューっと。空いてりゃ、アッと云う間なんですけどね、ホント。
千葉の我が家に到着してオドメーターを見ると「34,870Km」。練馬のデポ前出発時点では「31,865Km」でありましたので、今回の旅の総走行距離は「3,005Km」であったことになりますね。
2012年8月11日(土)のPM20:10から8月16日(木)のPM21:10まで、121時間ちょうどの所要時間でもあります。いずれにしても、ワレながらモノ好きな”たこちゃんズ旅”ではありました。次回は電車がいいな、やっぱ、渋滞はキツいよ(笑)。
・・・以上、全巻の終わりであります。御清聴、有難うございました(笑)。
それじゃー、また明日。
「ガリガリ君梨味」を食べているなんて、まだまだ若い証拠です(笑)。
クルマはそこそこの程度であれば「乗りっぱなし」で乗れちゃうので、
一般の方は”リセット作業”の意義を知らずに乗っている方が大半かと思います。
きちんと(立場含め)理解されている「マイクロ・デポ」社は、ワタシみたいな
メカオンチでもマセラティ車を所有することが出来る、全国でも貴重な存在だと思います。
「あすとん」と云えば、高○純次氏が所有の「DB9」はガンメタ色の色合い含めて
カッコいいと思ってました。
今でも所有しているのかな?