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カテゴリー「たこちゃん珍道中(旅行篇)」の67件の記事

別名「たこちゃんの夏休み(お正月・GW)」。質素な旅日記。

2013年1月14日 (月)

”九州行”電光石火

 いやいやいや、一昨日に”サムーイねた(笑)”をお送りいたしましたら、ソレに感化されたか・・・

20120118082012011807 あー、もう今日の東京練馬は夜半からの雨が早朝には雪に変更(笑)されまして、午前中いっぱいで一面の雪景色。デポ周辺では傘などまったく役にたたない”猛吹雪”状態となっております。

 ウチの次男だけがマイカー用のスタッドレスセットを持っているので、当座のアシグルマとするためにと、さっそくタイヤ屋さんに持っていって装備いたしましたが、今日はよく考えたら「成人式」の日でもありますので、きっと晴れ着のイベント参加者方は皆さんがクルマでの移動を余儀なくされているのでしょう、練馬周辺各所にもノーマルタイヤでスタックしている「ア○」がいっぱい出没しているためにズドド渋滞を呈し、クルマはぜーんぜん進みません。とりあえずデポには”全員集合”いたしましたが、0.2秒で「ダメだ、こりゃ(”全員集合”は長さんダケに:笑)」という結論に達し、本日は開店休業状態になってしまいました(ワタシだけが電話番:泣)。

 そのような中、「練馬のH」さんが善意でご来店になって頂けるとの御予定を延期させて頂きました(ホントにどーも、すみません。お風邪の方も如何ですか?)。また、「Ryo」さんからは、年始恒例の「とり味噌」を頂戴いたしました(”宅急便”は、かような雪の中でも予定通りでエライですね。「Ryo」さん有難うございました→ヨメも昨日”喜びの舞”を踊っておりました:笑)。

20120116012012011602 で、一昨日の土曜日。ワタシは”とある重要人物”に謁見するために、朝から新幹線に乗り込みました。

 品川発7:37の博多行は定刻通りにホームにスベり込んでまいります。「ああ、またいつものN700系か・・・」いつも、シート座面の按配が良くないイメージのある車輌ですので、今から腰の具合が心配です。カッチョはいいケドな。

20120116032012011604 三連休の初日の朝便ですから、想像通りにシートはそれなりに埋まっておりました。

 いつもですと、長距離旅行でも”出たとこ勝負”でチケットをブッツケでとるコトが多いワタシも、今回は往復ともに事前の予約をイレておきましたので、とりあえずは安心です。ふと車窓に目を遣れば、絵に描いた様な美しい富士山が裾野までキッチリと見えておりました。なんか、イイ事ありそうな予感(喜)。

20120116052012011606 いやいや、ハヤいな、新幹線!のぞみエラし。品川→小倉が4時間49分ですぜ(って、今どきこんなので感動してるのはオレだけか?)。

 ワタシがコドモの頃には東京→新大阪が3時間10分で「ひかり、スゲー!」だったんですけどね。確か最初の頃の山陽新幹線でも東京→博多は6時間半くらいってコトになってた様な気がいたしますが、35年間の間にジリジリと速くなってるのですね。重厚長大技術の進歩はこのように匍匐ですが、真面目で確実です。感謝!

20120116072012011608 で、小倉の駅弁”かしわめし”を買い込み、続いて”特急ソニック”のホームへ。

 JR九州の車輌お得意のフォトジェニックなグッドデザインが彼方からやってまいりました。コレもいつ見てもカッチョいいなー。・・・ま、しかし、混んでるコト。真冬で皆さんが厚着で荷物もフル装備の上、当日が結構暖かかったのもあって、脱いだコートを手に手に持っておりますので、発車のベルが鳴り響いていても、なかなか中へは入れません。

20120116092012011610 本革の高級シートがウリのソニックですが、この着座感がもう最低(泣)。

 直立状態では狭すぎるし、かと云ってリクライニングすると座面の前方が低いので、前へ前へとお尻が逃げていってしまうのです。常に足をフンばって余計な力がカラダに掛かり、ものすご疲れました。今日はN700系のシートの方は以前のモノよりマシだっただけに余計点がカラくなっちゃいましたけどね。80分の間、アブラ汗を流しながら、どうにか到着したのは、このブログでお馴染みのココ。なんか雰囲気が違いますが・・・。

20120116112012011612 外に出てみると「おわー、立て替わってるわー。」駅前の再開発も絶賛進行中で、まさに「槌音が聞こえる」状態です。コレはいつもの出口と反対側の方らしいけど、メインエントランス側も現在大改築中らしい。

 そんな、軽い驚きをおぼえながら、キョロキョロと改札から出てくるワタシをにこやかに出迎えてくださいましたのは・・・

20120116132012011614 「えっ?コノ人が”重要人物”ですかぁー」と、一部当ブログ読者からは怨嗟の声(笑)もあがってしまいそうな御方、はい、ファンの皆さんお待たせいたしました「りゅうにぃ(りゅたろう先生)」さんデスよー!

 ミニクーパーに乗り込むと、「ねぇねぇ、ソレ取って」と助手席ドアポケットの缶を指差しては「あっ、ソレねー”ザ・ピース”って云うんよ。ヒト缶1000円もするんよ、だから一本50円。岡本さんも一本どう?」とさっそく「りゅたろう節」が全開です。お元気そうで何より、ウレシイな。

20120116152012011616 早速大分自動車道に入ります。料金所を抜けて本線へのランプウェイに入りますと、いきなりアクセル全開でのコーナーリングを開始いたします。

 強い横Gに身をくねらせながら「あー、ヤメてー!ヤメてー!!ぜーんぜん懲りてないぢゃん」と叫ぶワタシ。りゅたろう先生はテキトーなステアリング捌きをしながら、「まだまだ、ポールフレールへの道は遠いな」と嘯きつつ、”ニコニコ”ゴキゲンです。

2012011617_22012011618_2 ・・・待ち受けるのは、お馴染みの”りゅたろうシャマル”君。大晦日の雨の午後に「”おイタ”をしでかして(笑)」から、年始にコチラの工場に入場。現車を10日ぶりに目の当たりにした先生は、「あー、シャマルには、ホント可愛そうなコトをしたなぁー。」と急にシオらしい態度を見せて、今さらながらにワタシの同情を買おうとしております(笑)が、現地で先生と懇意にされているディーラー工場の工場長さんとワタシは二人して「はい、ここがダメー」と”指摘マン”役の冷たいセリフを吐くばかり。りゅたろう先生は「このオニぃー、アクマぁー」といつもの様に内心では罵倒していたコトでしょう(笑)。現地での車輌状態確認は工場長さんの絶大なる御協力の賜物で、工法の打ち合わせなども滞りなく行うコトが出来ました。本当に感謝、感謝です。

2012011619_22012011620_2 「夜の席まで、時間があるのでちょっとウチにお立ち寄り頂けませんか?」との先生のお言葉にアマえまして、大分市内の御自宅にお邪魔いたしました。

 もう何度目かの訪問ですので、周囲の風景もワタシの目にスッカリ馴染んでおり、九州第二のふるさとの様です。いつもはシャマルがあるはずのカーポートには奥様のルノールーテシアが鎮座し、ダレのウチかもわからない表札はいつも通り(ああ、”Y下”の上にガムテープが貼ってあった:笑)です。昨夏の訪問時にフェリー乗り場までお見送りくださった御家族も皆さんお元気でいらっしゃいました(このへんのハナシはこちらで)。

201201162120120116222012011623201201162420120116252012011626 ビジホへのチェックインを済ませますと、夜の8時からは、りゅたろう先生がおじい様の代より三代に亘って贔屓にしていると云う「ふぐ料理」のお店に、先ほどの工場長さんとともにお招き頂きました。

 大分でしか味わえないという、初めて食する旨いふぐ料理の数々に舌鼓を打ちながら、工場長さんとも御趣味の海釣りバナシや、お若い頃の旧いオートバイでの武勇伝に花が咲き、とても楽しいひとときを過ごさせて頂きました。

 ホントはこの宴の間に、シャッターを押したつもりが、間違えて”動画”撮影になっていたので、りゅたろう先生とウチの(たこちゃん)ヨメが携帯で会話している秘蔵映像が出来ちゃっていた(笑)のですが、ここでご披露する技術が無いので残念です。

 心根の通うクルマ好き同士での宴は本当に楽しく愉快なモノですが、りゅたろう先生も「東京に住んでたら”ダメ男”にイキたいんだけどなぁー」としみじみおっしゃっておられました。

20120116272012011628 宿泊先と定めた「大分アリストンホテル」は、大分の繁華街を背景に建っておりますので、駅にも飲み食いにも近く便利な立地。以前もここに泊ったな、確か。

 三連休初日のハイシーズン料金でも、和・洋・中のすべてが思いっきり楽しめる朝食バイキングが付いて¥6,000と破格のプライスで、ワタシの様なボンビー人には有難いホテルです。明朝の再会を約して、りゅたろう先生との宴はおひらきに。

2012011801_22012011802_2 ・・・で、翌朝。「じゃ、7時半にロビーでね」との約束も空しく(笑)、8時にホテル前にあらわれたミニクーパー。

 せっかくの朝食バイキングもそこそこに切り上げてオモテに出て待っていたのですが、電話をしてみると「今出ますから」だって(笑)。こんなコトならコーヒーでも啜ってりゃよかったとも思いましたが、今日は”コチラのミッション”にお付き合い頂く身ですから、文句は云えません。

20120118032012011804 失われた30分を取り返すべく、りゅたろう先生は爆走します。ワタシはコワいので、時々絶叫します。

 さいわいなコトに渋滞も無く、周囲の絶景を楽しみつつワタシたちはミッション現地にほぼ予定通りに到着。

 クルマの査定が終わると、博多まで送ってくださると云うお言葉にまたまたアマえまして、さらに爆走するコト小一時間。

20120118052012011806 電車の定刻を二時間も前倒しするコトに成功したので、先生に昼食をご馳走になり(も、ホントに毎度毎度有難うございます)つつの懇談。

 最後には、わざわざ入場券を買ってまで、ホームにて発車までお見送り頂きました。なんとか、二日間で九州での二つの「”シャマル絡み”ミッション」を無事遂行するコトが出来ましたのも、すべてはりゅたろう先生のおかげ。「有難う!りゅたろう先生。世界の平和のために、今日も”闘え、何を?人生を!”」デス。ワタシは本当に上顧客に恵まれた果報者です。”りゅたろうファン”の皆様、本日のネタ、御堪能頂けましたか(笑)。

 それじゃー、また明日!

2012年9月 4日 (火)

たこちゃんズGT”2012夏”(その12:完結篇:常滑で”やきもの散歩道”周遊→一転、半日で千葉に還る)

 今日も朝方だけは比較的に過ごし易かった東京は練馬です。午前中には、とあるマセラティの査定に出張し、帰って来る頃には、もう「いつもの、うー(どころか、今年一番の”うー”だったかも:笑泣)」状態でしたけど。

 ところで、長らくお送りしてまいりました「たこちゃんズの夏の陣(題名が違うでしょ:笑)」も、いよいよ本日を以って「大ラス」とさせて頂きます。

 あっ、久しぶりに書いておきましょうね。ここは、マセラティ専門店のマイクロ・デポがお送りしている、ホントは旧いマセラティのコトばかりを書かねばならないブログ、「マセラティでイッてみよう:2」であります。しかしながら、本日もマセラティの「マ」の字も出てこないというワケですから、毎日ご覧になっている皆さんも相当”アキれ顔”になっているコトでしょうね。

20120903012012090302 タイムマシンの時間設定は、いまだ「2012年8月16日(木)」のままです。時刻はちょうどお昼前のひととき、AM11:00くらいです。

 今度は「常滑」名物の”やきもの散歩道”を徒歩で廻るコトといたしましょう。昨日までご紹介していた「INAXミュージアム」からはクルマで10分程度のエリア。「専用の大駐車場」が、なぜか散歩道順路の途中にありますので、クルマで当地を訪れた場合には「お奨めコース」を初めから順に歩くコトが出来ません。いきなり、心の準備も無いままに”ソレらしい場所”へと放り込まれる感じです。

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 ”見どころ”を教えてくれるパンフレットと首っぴきの”たこちゃんヨメ”に指図されるままに歩きます(・・・というよりも、”三歩ハナれて師の影を踏まず”といった感じで、ワタシはちょっと後ろでカメラを構えつつ、そろそろとついて行っていますね:笑)。

 なんだか、見たいところを先にしようとすると、順路を逆走している模様です。周囲の壁に埋め込まれた”やきもの”の数々はどれもいっけん無造作に並べられたように見えますが、それぞれにある一定の法則性があるようで、ある種、幾何学的模様といった感じで面白いです。

 ”散歩道”は隅々までよく整備され、要所には”順路看板”も設置されておりますので、初めての観光客にもやさしいところです。

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 但し、無理やりに「観光地化」をしようか、といった”あざとさ”はあまり感じられませんで、”あり物”を使って見せ場を作ろうとしているのが好ましいところです。

 嘗て、このあたりの工場がフル操業で、煉瓦煙突からは黒煙がもくもくと、それこそ四六時中立ち上っていた時代は、巣造りするツバメたちが真っ黒になっていたそうで、木造の建物の外観が皆一様に黒いのも、そもそもはそういった煤煙の影響によるモノだったのでしょう。そのうち、どーせ黒くなるのなら、初めから黒くしちゃえというコトで、狙って黒く塗っている建物も出てきたといったところでしょうかね。

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 迷路のような街の中。基本的には道路の幅員が非常に狭く、軽自動車がようやく通れるくらいの寸法取りです。

 という理由で、ほとんどクルマの通行もありません。まさに”散歩道”の名に相応しいところです。

 右を向いても、左を見ても、小さな窯元が軒を連ねます。

 些か残念ながら、ワタシたちが訪ねた8月14日はちょうどお盆休みの真っ只中でありましたので、ほとんどの窯元さんがお休みで、あちらこちらの煙突からモクモクと煙が出る風景を拝見することが叶いませんでした。街は静かで人通りもほとんど無く、ひたすらじっとしているように見えました。遠くから蝉時雨だけが聞こえてまいります。

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 そのうち、ヨメが「”じゅっぽんエントツ”の建ってるところにイカなきゃ」と云いだしはじめました。

 ワタシも愚直に「十本煙突」という看板が無いかと周囲をキョロキョロ。

 そのうちに、ひときわ大きい案内看板が多数立っているスポットを発見。「題名:登窯」とある。「あー、コレコレ、コレが”じゅっぽんエントツ”のところよー」って「”のぼりがま”って書いてあるぢゃんよー」・・・ハヤく云え(”じゅっぽんエントツ”って書いてあると思って探してたのに:笑)。

 その”登窯”、周囲をぐるっと一周しつつ、裏手の「十本煙突」を見上げます。”登窯”独特の内部構造を理解するコトが出来るように建物内部も歩きながら見るコトが出来ます。

 森の中に木々と一体化するように溶け込む建物と煙突群。コレは、なかなか味わい深い風景でしたヨ。冬場に雪など降れば、ソレもまた格別の風景であろうと思いました。

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 この日も”むっしむし”の暑さで、もちろん”散歩道”の中途には「キンキンに冷房の効いたコンビニ」なんてモノはありませんから、ひたすらハヒハヒ云いながらトボトボと歩くワケです。

 あー、コンちゃんのオロナミンC看板を発見!ちょっとアザトサを感じる琺瑯看板を貼った建物は、きっとなんらかの飲食店に違いないと近づいてみましたら、はたして”喫茶店”でした。・・・でも、やっぱりお休み(泣)。うー、アイスコーピーが飲みたいよぉー。

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20120903272012090328 そのうち、幾らか”遊具”も置いてあるような公園を発見したので、そこのベンチに腰かけてひと休みをキメこみました。

 一服ツケながら、公園の奥に目を遣りますと、煉瓦煙突の傍らに「デカイまねきねこ」と「デカイ”かめ”」を発見。

 コレは見に行くしかないと思い、ツカれた足を引きずりながらも近づいてみました。説明ボードを見て、驚きましたね。この「デカイ”かめ”:ロ号大甕(ろごう おおがめ)」は、なんと第二次大戦末期に開発された(実戦には間に逢いませんでしたが)「ロケット戦闘機:秋水」のための”ロケット燃料貯蔵槽”として軍の発注に基づき制作されたものだそうです。この甕、ホントに実物を見ると驚くほどデカイんです。用途の是非はともかくとして、この無理難題に応えた「常滑」の製陶技術は、当時(いや、現在でも)の工業製品としては、やはり最高レベルのものであったコトは疑いないでしょうね。

20120903292012090330 ひと休みしたら、少しは元気が出てまいりましたので、さらに”やきもの”の街を散策いたします。

 アップダウンが激しく、曲がりくねった狭い路を、相変わらず”正規の順路とは逆向きに”歩いています。

 時おり、前方から歩いてくる”他の観光客”からは、毎度「コイツら、ナニやってんの?」的な視線を投げかけられてしまいます。こっちだって好きでこうなっちゃったワケでは無いんですけどね。

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 あー、コレが名にし負う「土管坂」なんですね。

 雑誌の旅行記事や、テレビの旅番組で「常滑」を紹介する時には、必ず真っ先にココが登場いたします。

 まぁ、確かに土管が並びまくった風景は特異なモノではありますが、写真でお分かりのように、ワタシが両腕を広げたほどの幅員しか持たない路地です。もっともこのスポット、そもそも本やテレビで紹介される時にもさして立派には映っていない(失礼)モノなので、意外にも「ガッカリ度(また出た:笑)」そのものは低いです。やはり、せっかく「常滑」に来たら、立ち寄るべきスポットでありましょう。

20120903352012090336 ・・・ただねー、やっぱり、涼しい時期や時間帯に訪れた方がいいかも知れません。

 ちょうど、真夏とお昼の真っ盛りに訪ねた”たこちゃんズ”は「干しタコ」になってしまいそうでした。

 何しろどこに云っても、ほとんど日陰が無いんですから、コレは”日傘”を装備するなど何か考えないとイケません。さらには起伏も激しくて、息切れもいたします。特に御老人などには相当な高負荷だと思いますので、お気をつけて。

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 往年の「廻船問屋」の建物がそのまま展示物件になっております。

 建物の中に入場するには、別途料金が発生するらしいので、時間も押しているコトだし御辞退申しあげましたが、庭園の中は通路として自由に歩くコトが出来ます。

 建物内部に入って「ふっ、ふっ、ふっ・・・おヌシもワルよのぉー」と「水戸黄門ごっこ」とか「大岡越前ごっこ」とか「暴れん坊将軍ごっこ」に興じるのも面白いかと思います。この手の時代劇番組では、なぜか必ず「廻船問屋=”悪の元締め”(笑)」ですよね。

 「追って、お上より厳しい沙汰があるであろう。覚悟いたせ。(水戸黄門)」「市中引き回しの上、打ち首獄門を申しつける(大岡越前)」「成敗!!(暴れん坊将軍)」・・・そのようなシーンをなぜか次々と思いだしてしまうワタシ。悪は必ず滅び、正義は勝つ!!ムカシの時代劇ドラマはスカっといたしますな。

 ・・・もちろん、こちら「濱田家」さんでは「清廉潔白」、断じて”そのようなコト”は無かったとは思いますが(脱線してすみません:笑)。

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20120903452012090346 ・・・その後も、片っ端から見るべきスポットを求めて歩き回りました。

 ブログを書くにあたってコマるのは、こういった”街全体に漂う空気感を楽しむ”といった場所をご紹介する場合には、いちいち”写真キャプション”を付けるのが困難であると云うコトです。例えば「あぁー、デカイ”まねき猫”発見!!」とかね(こういうのはキャプション付け易い:笑)。

 掲載する写真を減らせば、ワタシも苦労は無いのですが、拙い撮影技術で撮った写真を一枚でも多く載せるコトにより、ご覧になっている皆さんにも「その場所の空気感」を多少なりとも味わって頂けないものかと、これでも日々腐心しているのでありますよ。

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 はい、”やきもの散歩道”の本来の起点はここ。その名も麗しい「常滑市陶磁器会館」の前です。昭和30年代テイストの漂う建物は、かなりイイ味出してます。

 コレでこそ、なんと云うか、やっぱり「常滑焼」の総本山にやってきたという実感が、いやが上にも湧いてくると云うモノです。ここに駐車場を設けてくれていたら、クルマで来たお客さんも「さぁ、イクぞぉー!」といった高揚した気分をもっと感じるコトが出来るのにな(オレだけか?:笑)。

 ともあれ、こういうモンは見て行く順番も結構大事な要素だと思うのです。

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 相変わらずに順路を逆に歩いて行きますと、県道の上に架かっている見るからに「ワタシ好き」しそうな物件(笑)を発見しました。

 「一木橋」・・・「あらかじめ橋を架け、その下の土をくり抜く工法で造られた」とあります。元はどのような地形だったのでしょうね。強引に”切り通し”状態を造ってしまったというコトなのでしょうか。ソレにしてもモノすごく豪快な工法もあったモンです。やっぱ大正時代のヒトもエライですね。

 橋を渡り切るとすぐに「かき氷屋」さんがあり(でも、休業中:泣)、そこにあった自動販売機でようやく飲料をゲット、そして一気飲み。あー、ちょっと蘇生。

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 赤煉瓦の煙突が林立する往時の風景を今に伝える「煙突の見える丘」に立ち、”やきもの”の街を高所から眺めてみたりもしました。

 煤けた煙突と黒い屋根、そして絡まる”蔦”の緑。断片的に切り取って見れば、確かにそこかしこから”懐かしの空気感”を感じ取る事は出来ます。

 でも、全体的に眺めてしまうと、やはりムカシのようには見えないモノですね、残念ながら。やはり、考えてみれば平成時代もすでに24年が経過しているワケで、「明治・大正・昭和」の三代は、遠い地平の彼方となってしまったという事なのでしょう。

 それでも、かろうじて残存するこういった”いにしえの街並”を、短時間ですがこうして歩かせてもらえた事には有難いと感じました。皆さんは、どう感じられたことでしょうね。コレと云った大きなトピックスこそはありませんでしたが、何かがこう、じわっと沁みる街でありました。しかるに、この”雰囲気をじっくり味わう”には、この夏は些か気候がキビし過ぎました(笑)けどね。

 今度来る時には、あえて「寒いくらいの」時期を狙って来ようと思います。青々と茂る緑とはまた違った、「枯れた茶色い感じ」では如何でありましょうか。心の洗濯にはちょうどいいかな。

 ・・・さぁさぁー!コペ蔵もお待ちかね。午後は千葉まで一気にキャノンボール・ラン(笑)。

20120903672012090368 ・・・と、思いきや、幹線高速道路はどこに行っても「ズドド渋滞」。

 この先、ホントに繋がってるのか?と疑問を抱きつつ、その土地その土地の「地元ナンバー」車のシリを追っかけて走ります。

 ところどころで知ってるところに出るんですけどね。そのうち、またまた訳の分からないところばかりを這いまわります。「ナビ?」もはや、まったく無用の長物です(笑泣)。

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 しまいには、なぜか”箱根越え”して小田原入り。

 小田原厚木道路もその先渋滞に付、乗るのを断念。国道一号線から、途中で一瞬西湘バイパスの二宮まで。

 「あー、富士山がキレイだこと」とか云いつつも、日付がかわる前に千葉に付くのだろうか、と心の中は穏やかではありません。

 ナビに”した道”で入力してみたら、到着予定時刻AM8:40・・・って、明日の朝のコトかい(笑)!

20120903752012090376・・・で、結局、旅のファイナルはいつものように、首都高速湾岸線をピューっと。空いてりゃ、アッと云う間なんですけどね、ホント。

 千葉の我が家に到着してオドメーターを見ると「34,870Km」。練馬のデポ前出発時点では「31,865Km」でありましたので、今回の旅の総走行距離は「3,005Km」であったことになりますね。

 2012年8月11日(土)のPM20:10から8月16日(木)のPM21:10まで、121時間ちょうどの所要時間でもあります。いずれにしても、ワレながらモノ好きな”たこちゃんズ旅”ではありました。次回は電車がいいな、やっぱ、渋滞はキツいよ(笑)。

 ・・・以上、全巻の終わりであります。御清聴、有難うございました(笑)。

 それじゃー、また明日。

2012年9月 3日 (月)

たこちゃんズGT”2012夏”(その11:常滑で”INAXライブミュージアム”を探訪する②)

 昨日の日曜日といい、今朝といい、ようやく多少なりとも「涼しさ」を感じられるようになってまいりました。このブログの方では「2012年8月16日(木)」の午前中のハナシなんかをまだしつこくヤッてますが(もう、三週間くらい遅れてる:笑)。

2012090149 ・・・一昨日までの続き。2012090150

 この「INAXライブミュージアム」というところは、本来この”ライブ”の語が示す様に「体験型ミュージアム」の体もなしております。

 もちろん「やきもの」を制作するので、焼き上がり時間なども考慮しますと、ワタシたちはパスせざるを得ません。お子さん連れの方などには、こういった実地体験コーナーもお奨めしておきます。

 初代「伊奈初之丞」さんが、明治中期に常滑で始めた「土管」製造が事業化され、タイル、衛生陶器とその守備範囲を広げ、伊奈製陶株式会社→株式会社INAX→(その後短期間に曲折あり)株式会社LIXILの一部門となり、現在も衛生機器全般のブランド名に”INAX”の名は残っております。

20120901512012090152 嘗ての常滑、街の風景には煙を吐き出す多数の煙突が欠かせませんでした。

 黒い板塀と黒い屋根。そして赤い煉瓦の煙突の組み合わせは、モノクロームの世界にワンポイントが入って街の景観を引き締めていたコトでありましょう。でも、当時住んでいた人々にとっては、やきものに生活を賭けていた上に、日常的な”煤煙”との闘いもあったはずで、呑気なコトばかりは云ってられなかったコトでしょうけれどもね。

 窯の中をそのまま展示&応接スペースにしたかのような、この空間。ライティングの妙も相まって、ちょっと洒落たバーのようです。

20120901532012090154 そんな「伊奈製陶所」の歴史を語る上で、そのすべての原点となる「土管」。

 大企業の礎になった「土管」製造事業だけに、その紹介コーナーはワンフロアすべてに亘る広範な展示です。

 現在でも、我々の足元深くに数多く埋設してあるのであろう「地中管」の数々。現在では、普段まったく意識して暮すコトはありませんが、明治の時代に焼きまくって、造りまくった「常滑製」の土管こそが、原初の地中管として大量に埋設され、日本における上下水道敷設など、インフラ整備の黎明を支えていたというワケです。

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 明治の人々のモノ造りの知恵には、いつも感服するばかりです。

 ひとつひとつの工程を、なんとか省力化、標準化出来ないものかと、様々に知恵を絞って、工夫を積み重ねていく。

 確かに現在の目で見てしまえば、鉄と木で拵えた武骨な器具ばかりではありますが、こういった技術開発を100年以上に亘って積み重ねる事により、現在の「INAXブランド」が形成されてきたワケです。

 このミュージアムの好ましいところは、そういった「先人達への想い」やリスペクトが詰まっているところです。最新型の機器を並べて「スゴイでしょ」と云われても、心に響いては来ないですからね。普段、土管に興味の無いヒト(もちろんワタシも含みます)が初めてこの展示に触れ、ムカシの製陶製管技術や、地中に埋設された土管達に少しでも感謝の心を持ってくれれば素晴らしいコトだなと思いました。まぁ、地味過ぎて、お子様には難しいかな。

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 「温故知新」という言葉も、現在ではスッカリ色褪せたモノになり果てた感がありますが、工業技術界において「イノベーション」とか「エボリューション」というのを、ここ30年ほど簡単に云い過ぎた。子供にいたるまで皆が携帯電話やパソコンを持つようになり、双方向のデーター受信が出来るという地上デジタルテレビ、そして「エコカー」と称するクルマたちが遍く伝播したにも関わらず、どうして「モノを持つ喜び」がこんなにも喪われてしまったのだろうと強く思いました。積み上げた”ドカン”のある空き地で子供たちが夕方まで遊びに明け暮れる、こんな写真の展示がこのコーナーのシメでありましたのも、なんだか象徴的です。

20120902012012090202 そんな「土管」展示で埋め尽くされた一階から、さらに階上を目指しますと、今まで歩いていたところが本当に大きな窯の中であったコトが分かりました。

 そして二階にアガりますと、いきなり「殿さま用の厠所」。この「窯のある広場・資料館」の二階は「楽しいBENKIワールド(ホントの名前は違いますヨ:笑)」であるコトがわかりました。・・・恐る恐る、奥へと進んでまいりましょうね(食事中の方は、終わったら見てね)。

20120902032012090204 まぁ、まだまだこのあたりですと、カタチが旧過ぎて、ソレらしい「ナマナマしさ」がありません(笑)。

 いっけんして「ソレ」とは分かりませんですからね。何か古代の遺跡から発掘されてきた歴史的遺品だと思えばなんでもない。

 コレは意外にも楽勝なのかと、ちょっと気を抜いておりましたところ・・・。

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20120902072012090208 「ずどーん!!」・・・まー、あるわあるわ、古今東西・和洋大小(笑)、左右の壁一面に展示された「染付作品群」の数々。

 さすがに圧巻ではありますが、ワタシなどは気がヨワいので、目を凝らしつつ一品一品を吟味するなど、ココロの余裕はありません。このあたりの展示スペースには展示品を覆う隔壁や、透明板など一切配置されておらず、博物館にアリがちな「展示品にはお手を触れないでください」的な注意書きも無かったように思います。「さぁ、見て触って存分にお楽しみください」というワケですが、ソコまでは、ちょっと(笑)。

20120902092012090210 あー、ようやく「ショーケース化」されているスペースに来て、なぜかホッとヒト安心。

 染付モノの中でも、最高峰はこの「紋右ェ門窯」のモノらしいです。この展示の中の白眉と云えましょう。

 こうなるとほとんど生け花をあしらう方が相応しい感じです。恐る恐る撮影するワタシたちが、この写真に写り込んでいますのが御愛嬌。万一ワタシがエラくなって自宅にコレを設置するコトが出来ても、きっと勿体なくて「出るモノも出ない」でしょう(笑)。

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 ・・・その後も「コレでもか」と「この手の」展示は続き、いにしえの衛生陶器の職人芸を「イヤと云うほど(笑)」見せつけられました。

 ここを拝見しながら、ワタシたち”たこちゃんズ”の間で話題になったのは、「コレだけの数を集めて、この博物館を開館準備する時には、担当のヒトビトがさぞや一生懸命に”展示物”を洗ったり、INAXの技術の粋を凝らして”除菌”したりとかしたんだろうね」というハナシ。

 とにかく、”衛生面”はバッチリだと信じております(子供とかは、間違えてナメたりしちゃうカモしれませんからね:笑)。もちろん「ニオイ」なども一切ありませんから、こちらもご安心あれ。

 九州の小倉にも、「TOTO」さんに同種の施設があるようで、本来ひょっとすると、この旅行中にはそちらに立ち寄ったかも知れなかったのですが、時間の関係で、計画にイレ込めなかったのです。結局、トイレの神様からの「お導き(笑)」により「常滑」で出会ったのでしょうね。

20120902192012090220 ・・・はい、ここからは「飲食」しても大丈夫ですよ(笑)。

 ヘビーな展示の数々に些かツカれましたので、またも屋外休憩所で一服を。

 しかしながら、自社製品を含む、遍く存在する衛生陶器に対する愛情がホントに満ち溢れておりますね。そしてどこまでも実用品に「アート」な心を注入してきているという、”美的衛生陶器”の世界があるというコトもここで初めて知りました。我が練馬区土支田のアパートに帰ってきて見れば、”INAXシャワートイレ”が装備されているのを再発見。これからは大事に使おうと今さらながらに思いましたヨ(笑)。

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20120902312012090232 今度は「企業モノ」の側面からは些かはずれた博物館です。

 「世界のタイル博物館」と称された、このミュージアムでは、タイルのコレクションで世界的に名高いコレクターの蒐集品を一同に会しています。

 元来が”やきもの”である、このタイルという品物が、有史以前より地球上のあらゆるところで様々な製法により製造されてきたのだなぁというコトが理解できました。特に何千年も色が劣化しないという特性には驚嘆すべきものがありましょう。

 もちろん、展示物はタイルそのものと、そのタイルを使った”暖炉””マントルピース”等々の室内装飾例となっているワケですが、残念ながら、門外漢のワタシにとっては「大量にありすぎて」どう吟味すれば良いのかとかえって持てあましてしまいました。

 ここに掲げた写真以外にも大量に撮影だけはしてきたのですが、「ショーケース展示」の写真がドレも同じようにしか見えてこないので割愛させて頂きました。

 一方で、タイルにご興味のある方々には、最高の展示であるのだろうと思います。ワタシが単純に美しいと思ったのは「ターコイズブルー」のタイルたちです。こんな色目のクルマがあったら乗りたいモノですね。塗料だとなかなかこの深みと渋みが出てこないと思いますけれど。

20120902332012090234 一階ロビーに施設された”トイレ”(また、はじまった:笑)は、上海万博にも出品されたという、現在のINAXが考える「究極のトイレ」であると称しております。

 派手に看板が出ておりましたので、どんなモノかと撮影にのみ(使用はせず:笑)まいりましたが、なんか”未来風”のモノを期待して行ったら、結構フツーでした。まあ、広いし、バリアフリーではありますけどね。現在のワタシの場合はここまで広いと却って落ちつきません。もうちょっとトシをとったらいいのかな。

20120902352012090236 「世界のタイル博物館」、すべての展示(とトイレ:笑)を見終えて、表に出てまいりますと、ベンチに小さなオブジェが展示されております。

 「なんか、可愛いな」と思いつつ、写真も撮影。・・・「んっ?」オブジェの説明書きを見ますと「題名:ツバメのトイレ」・・・って、もういい加減に「ソコ」からは離れないか?(笑)

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 美しい庭園と黒塀を楽しみつつ、本格的なピッツァも味わえるという、オシャレなリストランテが「世界のタイル博物館」の隣には併設されております。

 中を覗くと大きな石窯もありました。そろそろお昼も近づいて、お腹の方も減ってはきたのですが、考えたら今日中に千葉の我が家に戻らなければなりません。

 この「常滑」には見どころがまだまだあると云うので、まずは先を急ぐコトにいたしましょう。

 次回こそは、完結篇に出来るかな(笑泣)。続きをお楽しみに!

2012年9月 1日 (土)

たこちゃんズGT”2012夏”(その10:常滑で”INAXライブミュージアム”を探訪する① )

 ついに今日から、9月の声を聞く様になりました。光陰、矢の如しとは申しますが、年々、月日の移ろいがヒジョーにハヤく感じられるようです。もう、一年の2/3を経過してしまったのかと思いますと、もっと「高密度」な日々を送らねば、とアセるばかり。

 ・・・ソレでも、まだまだ「たこちゃんズの旅行記」が続いてしまいます。皆さんも結構アキているとは思いますが、もう少しのシンボーでございますので、お付き合いくださいね。

20120901012012090102_2 知多半田の駅前から、さっそく出動いたしました。「2012年8月16日(木)」の朝です。

 まずは、正月にも訪れた「ミツカン半田工場」に、もう一度イッてみました。

 夏の運河はどんな感じかなーと思いつつ到着いたしました。相変わらずに懐かしの風景を醸し出してはおりますが・・・

2012090103_22012090104 ・・・運河の水が干アガちゃってました(残念:泣)。

 毎年の夏には、こうなっちゃうのかな。それとも今年の猛暑で渇水してるのかな。

 たまたまワタシたちが初めて訪れたのが真冬であったので、その黒塀と水面が織りなす運河地帯の美しさに見惚れてしまったワケですが、今日が初めてだったら、「フーン」になっちゃってたかも知れません。というワケで、運河の美しさを期待する向きには、真夏を避けて訪問することをお奨めいたします。

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 続いて、前回の「半田」周遊では訪ねるコトが出来なかった、比較的近所に位置する「JR亀崎駅」にもイッてみました。

 半田から亀崎へ行く道すがらでも、ワタシの目についた、興味を引く「物件」は次々と撮影されます。

 で、着きましたヨ「JR亀崎駅」。現存する国内最古の駅舎というのが”売り”というコトでしたので、結構期待して臨んだのですが・・・実物を見るとヘンにリニューアルされていて、今一つココロにグッと来るモンがありません。写真ではいい味出てたんだけどなぁ。正月来訪時に見た、JR半田駅のホームにある、やはり国内最古であるとする旧い跨線橋の方は、かなりいい味が出ていただけに、こちらはちょっと残念な感じがしました。実際、いっけんしてあまりにフツーの駅舎に見えてしまうモノであったためクルマから降りるコトすらもしませんでした。

 ソレにもメゲず、この半田周辺自体は、たこちゃんズのお気に入りエリアになってしまっております(何と云っても駅前ビジホの価格が素晴らしい:笑)ので、”再々訪”を期しております。来年は「新美南吉100周年」ですからね。南吉さん関係のスポットはその時まで”お預け”にしておくコトにいたしましたが、ソレはそれで今から楽しみでありますよ。

20120901112012090112 ・・・というわけで、半田周辺の探索が大体完了いたしましたので、知多半島道路に乗って「常滑」を目指すコトにいたしました。

 関東エリアにお住まいの方々においては、大げさでなく、ひょっとすると一生の間に一度も訪ねるコト無く終わるという可能性の高い地域がこの知多半島だと思います。現にワタシたちもこの正月までは未踏の地の一つであったワケですからね。インターを降りて市街地を走ると、常滑市役所の隣に「とこなめボート」が並んで建っていて、ソレが市役所よりも断然立派(笑)。なんかイイぞ!常滑。

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 街の中も「しなびた(失礼!:笑)たたずまい」の物件が数多く立ち並び、昭和40年代にタイムスリップした様な錯覚をしばし味わえます。

 愛知県日進市に在住している”たこちゃんヨメ”のお友達、「カヨちゃん」からの情報により、常滑に行ったら寄って見るとイイと伺ったのが「INAXライブミュージアム」という、”やきもの”全般を網羅する博物館でありました。というワケでさっそくイッてみましょー!・・・にしても、アツいな、今日も。

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 皆さんも、今回の「たこちゃんズ”旅”」をご覧になっていて「なんかこう、ひとつ忘れちゃいませんか?」という感想をお持ちであろうと思います。

 そう、「たこちゃんズ”旅”」に無くてはならぬイベントとは、「企業モノ博物館の探訪記」であります。今回も旅の締めくくりとして、強引に予定を突っこんでみました。例によって、些かならず”長篇”になってしまうのですが、ツイてきてくださいます様、お願い申しあげます。なにしろ複合的に幾つもの博物館を連ねたところなので、かなり端折っても展示が膨大なのです。

 駐車場にクルマを停めますと、まず目に入ってくるのは、赤レンガの煙突です。周囲の緑に映えて、とても美しく懐かしい景観を造りあげています。まずは「ツカミはOK!」と云うヤツです。さっそく、場内を廻ってまいりましょうね。

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 まずは、”トンネル窯”と称するレンガ造りの建造物です。コレは、つい先年まで実際に工場の特注タイル製造現場で使われていた現物をそのまま移築したものだそうです。

 この展示を見るまで、タイルというものが、大きな建造物においては「特注」であるというコトを知りませんでした。どのビルもみんな”アリもの”を組みあわせて使っているものとばかり思っていたのです。皆さんは、ご存知でしたか?

 ともあれ、”やきもの”という語感からは、普通、「タイル」というものが真っ先には来ないモノですよね。云われてみれば確かにその通りなんですけど、より日常生活には身近な、食器だとか茶器だとかに比べて意識されるコトは少ないように思いました。まずは、意外な発見をいたしました。

20120901292012090130 ”トンネル窯”のすぐ隣には、ウォーターミスト装置を備えた、オシャレな屋外休憩所があります。

 この日も「とんでもなく暑い」一日でありましたが、この場所だけは本当に別世界、とても快適で涼やかな空間です。

 さすがは、住宅設備機器メーカーの側面を持つ企業の博物館だわい。良く出来てる。

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 庭園に備えられた水飲み場、意匠を凝らした建物群、様々なやきもの展示物・・・どれもアーティスティックな造形物ばかり。

 嘗ての帝国ホテルにも、ここ常滑産の技術が生かされていたのだそうです。正直なところ、”たこちゃんヨメ”はこのあたりの事象に結構ウルさいのですが、ワタシ自身には”やきもの”に関する知識がまったくありません。従来も、ヨメが垂れるウンチクの数々に対しては「ふーん」と聞き流すばかりでしたが、このミュージアムに入場して30分で考えを改めざるを得ませんでした。”やきものの世界”結構深いんですよ、コレが。

20120901352012090136 まったくのド素人であるワタシには、この分類図が理解の支えになります。

 製造方法も、ワンオフ品から量産品目まで色々とあるワケです。

 原料素材が原則的に「土」であるというだけで、実は金属や樹脂製品同様に様々な加工法を有しているというコトが、こういった説明ボードの読破により、ようやく少々理解出来ました。

20120901372012090138 ・・・はい!アートな「BENKI」ちゃん(笑)たちですよー。

 ワタシなどは、気押されて「出るモノも出なく」なっちゃいそーですが(尾籠なハナシで失礼ですが、次回はもっとスゴイんですから・・・とビミョーに意味深な記述:笑)、こういった表面のツルンとした「衛生機器」群も、実に”やきもの”なのであります。ですから”染付”次第でこのように面白い”アートBENKI”が出来てしまうのです。その一方で、”型”に凝れば右写真のような複雑極まる造形物の製作も可能なワケであります。元はみーんな「土」。

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 屋外展示スペースの「テラコッタパーク」。このテラコッタと云うのも、”やきもの”世界の一分野ですね。

 近年まで、実際に建っていた建物たちを飾っていた壁面オブジェが一堂に会する庭園は見事なモノでした。ここではすべてを紹介しきれませんが、とりあえず、造形センスが良さそうなものダケをセレクトしてみました。

 こうして、ひとつひとつ凝った展示が施してあると、古代ギリシャとか古代ローマ、古代エジプトなどの遺跡を集めたようにも見えてきます。あえて破片を拾い集めたかのような展示構成のセンスに、コレまた素晴らしいと感じ入りました。

 続いては、屋内展示にまいりたいと思いますが、本日はここまで。

 次回をお楽しみに!

2012年8月31日 (金)

たこちゃんズGT”2012夏”(その9:奥道後→知多半田までひたすら移動する)

 本日は、気が付けばアッと云う間の8月31日ですね。昨日のコメント欄で「練馬のH」さんが御指摘されていたように、ムカシの小学生(いや一般化しちゃイカん、オレだけか?:笑)にとっては、山とある”手つかずの”宿題を前にして茫然自失となるのが「御約束」の日でありました。

20120830412012083042 一方で、このブログの方は「2012年8月15日(水)」の午前10:30くらいのハナシをまだヤッてます。

 想えば、夏休みの絵日記も、8月31日に40日間分を一気に書きトバしていたワタシ。それが今では「電子絵日記」を、こうして毎日毎日書き続けております。コレを”人類の進歩”と云わずして何と申しましょうか(イヤ、ホント結構たいへんなんですヨ:笑)。

 ところで、この「弾丸ラリー」中、コペ蔵のコドライバー(助手席のヒトね)は上の写真のような首マクラを装着して寝てたりします。足元には100円ショップで購入した「青竹コロコロ(笑)」もオプショナル装備。助手席での休息中は、ついでに足裏の「ツボ」も押しまくって、次の乗車交代に備えた「カラダづくり」をいたします。

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  奥道後の「アパッチ村(笑)」周辺を出たワタシたちは、これから四国を横断し、まずは早い時間に、とりあえず「淡路島(兵庫県)」を目指さねばなりません。

 本来、今回の旅の目的は①:久留米で”みーちゃん”に逢う&どんぐりパンを食う。②:柳川でうなぎのせいろ蒸しを食う。③:長崎市内巡りか佐世保突撃行(結果的には前者を選択)をする。④:雲仙小浜で従兄弟に逢い、墓参をする。⑤:大分に行って”Rたろう先生”に御目に掛かる。⑥:松山奥道後のダム湖を訪ね、アパッチ野球軍の世界に浸る。・・・でありましたので、ハッキリ云って今日は「とりあえず千葉に近づきさえすればどこでもいい」といった状態でありました。

 但し、本日頑張っとかないと、明日一杯での千葉自宅到着が困難になってしまいます。よって本日は、何が何でも「愛知県入り」だけは達成しておきたいのです。

 というわけで、ここはケチらずに、四国横断では高速を主に使い、途中”ナビのバカたれ”がウソを云うので、”した道”に降ろされて「高松道」を捜すハメにはなりましたが、まあまあ、よいペースで四国の東北端「鳴門」までやってくるコトが出来ました。

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 点在する島々に橋脚の掛かる「大鳴門橋」で鳴門海峡を渡り切れば、そこからは「淡路島」です。

 「淡路島」は島と申しましてもかなり大きいので、島内をくまなく巡り、それなりに観光するにも丸一日では足りません。

 想えば、ココ淡路島だけでも、十二分にグッドな観光スポットであり、特に関東地方からはクルマで行くというコトが少ない場所なのではないでしょうか。せっかくかようにレアな場所に来ているにも関わらず、今回も”素通り”となってしまいます。たいへん勿体ない気持ちではありましたが、ここはグッとガマンをいたしまして、さらに先を急ぎましょう。これから行く手には「キッツーイ」関西圏都市部が待ち受けておりますからね、まだまだ予断を許しません。

 途中のトイレ休憩で立ち寄ったPAで、海と空、そして緑の美しさに魅了されてパチリ。ワタシたちの「淡路土産」はこの一枚の写真だけとなりました。

20120830592012083060 淡路島を縦断いたしますと、「明石海峡大橋」が出てまいります。この橋を渡り切れば、「あこがれの本州」へと帰還成功です。

 メチャクチャに複雑な「垂水ジャンクション」の手前で、「我が行くべき道」をキメなくてはなりません。ここは順当に「第二神明」に入らないと、シロウトのワタシたちにはワケがわからなくなってしまいます。

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 ・・・なんだけど、ねぇ。神戸あたりからあとは、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりで、何処をどう走って行ったのか、皆目憶えておりません。

 まあ、関西のヒトも東京に来て「首都高」に乗ればそう思うのかも知れないけれど、関東の人間であるワタシたちには「阪神高速」とそこに接続する幹線高速の数々は、難しすぎてツカい方が皆目わかりません。これも一重に、たこちゃんズが”おバカ”だからでしょうか(でしょう:笑)。渋滞を避けて走っていたらモノすごく無駄な距離を稼いでしまいました。「吹田」を目指している途中で”した道”に降りてしばらく放浪していたら、なぜか「高槻」に居たりして(笑)。いったいドコを目指しているのか分からなくなっちゃいました。

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 えー、ここでナビ画面の写真をまずはご覧ください。周囲の道路、すべてが「真っ赤っか」に表示され、「渋滞四面楚歌(泣)」状態となってしまいました。関西圏を南北にジグザグに走り、どーにか「東名阪道」まで辿りついたら、事故で「ズドド渋滞」に。

 実際、コノ時ばかりは、普段ヨメの前では強気の姿勢を崩さぬワタシも、「んもー、ツカれた!こりゃ、今日中に愛知県には着けんぞ・・・」と弱音を吐いておりました。

 そのような状態の時、前方を走っていた「名古屋ナンバー」の車が、すかさず脇道にソレるのを見て、「いちかばちか」すぐにワタシたちも追走しました。

 はじめのうちはのどかな田園風景や田舎のダウンタウンを楽しめるので、コイツはいいや!と「勝ち組気分(笑)」を満喫していたのですが、そのうちなんと「未舗装の林道アタック」になってしまいました。このあたり伊賀だ甲賀だといった御土地柄でありますから、夜になると今でも「忍者」が夜陰に乗じて暗躍していそうな気がするところです。

 未舗装の狭ーい道を数台のクルマが数珠つなぎになって走ります。ワインディングの画像も、”こりゃネタになる”と、ヘビーブロガー(笑泣)の悲しい性で運転しながらワタシが撮ってます。

 ・・・亀山あたりの山奥をナメてはいけませんね。ベンキョーになりました。

20120830732012083074 あー、久しぶりに「人里」にキタよ。見慣れた「亀山インター」付近にようやく辿りつきました。

 それでもまだまだ「した道」が続きます。

 あぁ、右折すると鈴鹿サーキットですか・・・。もう鈴鹿あたりでリタイアしたい気持ちを抑えつつ、「本日のステージ」も”涙の完走”を目指します(スッカリ、ラリーになってる:笑)。

20120830752012083076 ・・・にしても、三重県も結構デカイですよねー。

 従来のワタシの経験では、四日市あたりは、高速がダメなら低速(した道:笑)はもっと低速になっているコトが多く、国道23号線には幾度となく辛酸を嘗めさせられましたが、本日は・・・「あら?存外に流れてる」この調子なら、なんとか「ラストオーダー」に間に合うかもと思いつつ、歩を進めます。伊勢湾岸道に乗れば、いつもの「長島スパーランド」が見えます。この風景を見ると、東上する場合には「愛知県も目前」の合図。「あー、やっと帰ってきたよー」とホッとする場所です(って、アンタは千葉県人でしょ:笑→ワタシの家までは、まだ500キロ)。

20120830772012083078 幾多の渋滞に苛まれながらも、なんとか「知多半田駅前」に到着。

 この正月の旅でも御世話になった「名鉄イン知多半田駅前」が今日の宿です。

 「愛知県内のどこでもいい」なら、やはり「良いに決まっている」と分かっているところを選びます。名古屋市内の繁華街には興味がありませんので、ちょっとハズして、またも、この半田です。想えば、コペ蔵がウチに来なければ、この半田にも一生来なかったかも知れません(その、いきさつはコチラで思い出してください)。「縁」とは、かように「異」なるモノ、そして「味」なモノなんですね。時には”なりゆき”に身を任せてみると云うのもよろしいかと思います。

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 ホテルの駐車場にコペ蔵を停め、ドアを開ければ、いきなり「ズルイ匂い」があたり一面を包んでおります。

 発生源はココ。「一心屋本店」うなぎ屋さんであります。

 「また喰うのか、うなぎ」と、もはやアキれてらっしゃる方々も多いと思いますが、正月の時に喰いそびれ、後に調べたらこの地域では結構名店扱いのお店でもあった様なので、半田に行くなら今日こそはリベンジをと期しておりました。いやもう、ホントにズルイよ、この香りは。

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 今日一日の獅子奮迅の走り(笑)が功を奏して「ラストオーダー」の30分前には、どうにかスベり込めました。

 まずは「ゲソ揚げ」をつまみにビールを一気飲み・・・んーー、ウマい!飲みながら今回の旅で経験した”あれやこれや”をアタマの中で反芻していました。結構色んなところに行って、色んな人々に逢って、色んなモン見たな。そんな旅ももうじき終わっちゃうのかと思うと一抹の寂しさも禁じ得ませんね。

 うなぎ丼(”うなどん”と云ってはイケないらしいです。”うなぎどんぶり”が正解:笑)がヤッてまいりました。名古屋では「ひつまぶし」が有名でありますが、中京圏でストレートなうなぎ丼を食するのは初めて。コレまた結構なお味で大満足でした。お店の「格」の割に価格も手ごろです。どーせ、たこちゃんズお気に入りの半田には、またまた来るでありましょうから、ここにも再度(今度はもう少しハヤい時間帯に:笑)訪れるコトでしょう。

20120830852012083086 ホテルの部屋に戻ってカーテンを開けてビックリ。駅のホームとほとんどツライチになってます(笑泣)。

 思わず電車の中の乗客と目と目が合ったりして・・・。

 そんなプラットホームを眺めつつ、部屋でもビールを飲み直し、明日の構想を練ります。「まだまだ、このままでは終わらせんよ、ハッ、ハッ、ハッ・・・」・・・窓の外を眺めながら、闇夜に発するワタシの不気味な呟きに、”たこちゃんヨメ”はビビッています。ハヨ、寝よ。

 続きをお楽しみに・・・ちなみに明日、まだ最終回ぢゃないヨ(いつまで続くのか:笑)。

2012年8月30日 (木)

たこちゃんズGT”2012夏”(その8:松山→奥道後:アパッチ野球軍のふるさとを訪ねて:笑)

 はい、こんばんは。今日も数々のトラブル克服作業に明け暮れましたが、やはり今年の夏はクルマたちにも相当コタえるらしく、実は休暇が明けてからの10日間というモノ、休み前と変らずに、いきなり毎日が「怒濤の日々(泣笑)」と化しております。昨日のコメント欄を拝見して、「一松」さんの”午前中の外仕事がツライです。早く秋にならんかなー。”にはヒジョーに強いシンパシーを感じました(お互いにトシあるね。どーにか頑張りましょう:笑泣)。早く涼しくなんねーかなー、ホントにもう。

 ・・・せめて、このブログの方は、ワタシのささやかな”夜のお楽しみ”というコトで「楽しかった夏の思い出」を記しつつの現実逃避であります。・・・「あぁー、逃げちゃダメだ!(笑)」

20120830012012083002 ・・・で、昨日までの続き。

 「2012年8月15日(水)」の朝になりました。

 昨晩の到着時には、周囲が真っ暗であったために、今一つ全貌が見えていなかった、この”ホテルていれぎ館”。こうして明るい所で見ると、結構築浅な建物だし、宿泊したお部屋のキレイさにも頷けます。広いベッドで快眠出来た上、各部屋個別の温泉風呂で朝風呂までも楽しむコトが出来ました。気になる値段もメチャクチャ安く、特に素泊まりの場合の”お得感”は絶大です。

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 ところで「テイレギ」っていったい何なんでしょうね。・・・調べてみると、松山市の天然記念物に指定されている植物なんだそうです。食用で刺身のツマなどにも使われると云うコトでした。

 時刻はAM9:41。今日の目的地に早速向かうコトにいたしましょうね。昨晩までの雨も上がり、いまだ雲は多いけど、とりあえずは晴れている様子です。

20120830052012083006 同じ国道を同じように進んでいるのに、どこまで行っても「松山8Km」と表示されているのはどうしたコトでしょう。

 お盆休み中というコトもあってか、市内中心部に向かう国道は空いています。前回たこちゃんズが松山に来た時には、市内の中心部に宿泊して路面電車や「道後温泉(”坊っちゃん”の)」を楽しみましたが、今回はまったく別の行程を歩みます。

20120830072012083008 ほどなく「松山市内」に突入いたしました。

 ごくごく普通の地方都市と云った、たたずまいですが、東京や大阪、名古屋のように道路の両脇を高層ビルが覆い隠すようなことがありませんので、なんだか空が高く見えて解放感がバッチリとあります。ご覧の様に道路も広々と整備されておりますね。前回、同地を訪れた時は電車旅であったので、同じ市内でも知らないところばかりを走ってる感じです。

20120830092012083010 市街地のダウンタウンを抜けて行こうとすると、「石手川」を渡る小さな橋に差し掛かりました。

 これから訪ねるのは、この川の上流にあるスポットです。

 もう結構な時間、市街地を走り続けているのですが、一向に”ソレらしい雰囲気”になってまいりません。うちのナビさんは大丈夫なのでしょうか。

20120830112012083012 そのようなワタシの心配をヨソに、前方の道がまたまた広くなって、”街中”の雰囲気になってきてしまいました。

 それでも、その先には「山」が見えてきましたので、おそらくはコレで間違いないのでしょう。

 とりあえず天気は良さそうなので、この先、コペ蔵の屋根を開けて走りたかったのですが、山の天気は変り易いし、前方には結構な量の雲が見えてるしで「オープン」にするのは見送りました。結局ここまで一時も屋根を開けて走るシチュエーションがありませんでした。

20120830132012083014 そのうち、道も一車線になり、だいぶん山々も近くなってまいりました。

 ”劇中”では、確か「松山港から牛車(一応、映像を見直してみたら”馬車”だった:笑)で8時間」というくだりがあったような気がいたします。

 なにしろ、「愛媛県松山市宿野町乙58-1」と事前に調べておいた正確な住所をナビに打ち込もうとしても、宿野町までは入るのですが、「乙」を受け付けないのです。なんなんだよー、「乙」(笑)。

20120830152012083016 そんなところで発見した、列車をそのままレストランにした物件。

 左は行きに撮った写真で後方からのカット。右は帰りがけにわざわざ撮った前方のショット。

 普通にお店は営業中であるようで、なんだか良い雰囲気を漂わせていました。屋号には「でんぷん」とありますが、なんで「でんぷん」?片栗粉入りのコーヒーでも出てくるのか(笑)。

20120830172012083018 「落石注意」の看板も登場して、国道もだいぶん山深い雰囲気となってまいりました。

 前方には”ジャングル風呂”で有名な「ホテル奥道後」が見えてまいります。

 お盆休みもたけなわの時期でしたので、ホテルの駐車場にもクルマがたくさん入っていました。失礼ながら、意外にも活気のあるものなんだな、と感心しましたヨ。

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 もう、いい加減に到着してもよい”頃合い”なんですが、国道沿いぢゃ無いのかなぁーと訝って「ソレっぽい」脇道にソレて下ってみました。

 小さな集落や、墓地がありましたが、やはりお目当てのダムは国道に戻って、まだ少し先の方らしいです。ワタシが墓地の駐車場でターンしている間、たこちゃんヨメは、「あー、アレがきっと”ザイモク”のお母さんの家よ!」などと、笑いながらはしゃいでおります。実際に劇中の”ザイモク実家”はこんな山あいの谷にポツンと建っておりました。”ザイモク”って何?と思っているあなたのために説明しますと、登場人物の中で一番の巨漢、地元のきこりの倅といった役どころのヒトです。いつも”モンキー(コレまた登場人物→やはり地元の”人間”ですけど、見た目も体躯も行動も”猿”そのもの:笑)”を肩に乗っけて歩いています。

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 国道に戻り、その先のトンネルを抜けたら、あっけなくダム湖はありました。

 早速、よく整備された駐車場にクルマを停めて、歩きまわるコトにいたしました。「石手川ダム」と、そのダム湖たる「白鷺湖」にようやくの到着です。

 前に、今年の4月17日付けの当ブログで紹介いたしました”リンク先”にあったのが、この石手川ダムであります。5月のゴールデンウイーク休みの時には、ワタシの中に「湧き出ずるパワー」が今一つチャージされておらずに、ここまでの長距離行は難しいと判断して「高野山」再訪としたワケですが、もう、この夏休みはイキオイだけでここまで来てしまいました(コレで「おぐ」さんの”密やかな期待”にコタえるコトも出来ました:笑)。

20120830272012083028 「ひと目でいいから、四国のダムを見たい!」という、従前からのたこちゃんズの希望はココに叶えられ、二人とも御満悦であります。

 ダムの堰の上は広い誘導路になっておりますが、そこに立つ”たこちゃんヨメ”は「歓喜の舞(笑)」を踊っているようです。・・・やっぱ、アホなようです。プレートには”清水建設”とありますので、”マリ(やはり登場人物の一人、ダム技師長の娘で、都会からド田舎に連れて来られて始終機嫌が悪い。見た目は”女子高校生”とは似ても似つかぬ”ざーますババア”。お母さんも同じようなヒト:笑)”のお父さんは、やはりここの社員であったのかしら。それとも建設省(当時)のお役人さん技師だったのかなぁ(・・・もはや、架空と現実の見分けさえツカなくなってる:笑)。

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 現在でも全国各地の新規ダム建設には、何かと賛否が飛び交うモノですが、ダムの存在により山間部のひっそりとした村を丸ごと水に飲み込ませてしまうので、それぞれの村の往時を偲べば、些かならず心はイタみます。このダムも「昭和48年」から稼働しているようなので、かれこれ40年程の歴史があります。

 しかしながら、ここ最近数十年の間にも四国の都市部では深刻な「大渇水」を幾度も経験しておりますので、まだまだこういった水系インフラは整備の必要(特にダム同士の横の連携を得るための水路工事)があるのかも知れません。大規模土木事業がいつも「良からぬコト」と決めつけられている昨今の風潮が、日本全体の発展や地方の活性化をどれほど遅らせているのかと思うと、税金はちゃんと使うべきところに使えよなー、と一人で考え込んでしまいました。

 お役人さんと云っても色々で、こんな山奥の不便なところに常駐して、日々ダムの管理に従事している方々もいらっしゃるワケです。松山市最大の建造物であると云われる巨大な石手川ダム。その管理事務所にはそっとアタマをさげてまいりました。

20120830352012083036 管理事務所の向かいには、さらに奥へと誘う道路がありました。

 より本物っぽい「猪猿村(アパッチ野球軍の舞台となった、松山市郊外で奥道後の先に位置すると設定されている架空の村です)」らしいところを求めて、さらに進軍しようかなー、と一瞬考えましたが・・・。

 ・・・でも、いきなり「落石注意」の標識が立ってるなぁ(笑)。今日の行程もまだまだ先が長いので、またの機会(あるのか?)にしておきたいと思います。なんかとんでもない空間に連れてイカれそうな予感もいたしますゆえ(クルマが”スズキジムニー”だったら行ってみたかも:笑)。”アバシリ(これまた登場人物の一人。ムショ帰りのダム建設現場作業員を父に持ち、常にテンガロンハットを被った「さすらいのガンマンがサラシを巻いた」みたいないでたちが特徴。ナイフ投げの名手、だからエースピッチャー、もちろん不良。→いつも野球軍監督の堂島先生に向かって「おい、ソコの若けぇーの!」とかノタマウんですけど、アンタこそ幾つなの?:笑)”とかがナイフ持って山賊化してたりしたらコワいし。

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 とりあえずワタシもダムの上で記念撮影をしてもらい、この場を離れるコトにいたしました。

2012083039_22012083040 ダム湖公園の駐車場に戻れば、木陰に休むコペ蔵君が小さくて愛おしいです。ホントによく頑張ってここまで連れてきてくれたモノです。

 アパッチ野球軍のふるさと(と、ワタシが勝手に思い込んでるダケなのかもしれないけれど:笑)こと宿野町と、そこから松山市民への飲み水の供給をしつつ、一方で大雨からは都市を護る「石手川ダム」。アニメの「モノスゴイ内容(笑)」はともかくとして、松山の人々は、こんな宿野町のコトも時々は想い出してあげて欲しいなと、お節介ながら思う盛夏の朝でした。「あー、アパッチ野球軍の続きが見てぇー」

 このブログはまだまだしつこく続きますのでお楽しみに!・・・ホントに長いよなー、このネタ(笑)。

2012年8月29日 (水)

たこちゃんズGT”2012夏”(その7:雲仙小浜→大分→松山・・・電光石火)

 はい、こんばんは!毎日相変わらずですが、夕方になると、ちょっとだけ「涼風」も感じるコトが出来るようになってまいりました。本格的なドライブシーズン迄、あとヒト我慢といった感じです。今日も全然「ドライブに適したシーズン」でない、この8月中盤に決行してしまった「たこちゃんズ旅」の模様を中継録画でお送りいたします。

20120829012012082902 長崎市内から高速で諫早までひとっ飛び。雲仙方面にまいります。

 小浜は雲仙の橘湾側のふもとに位置する海岸っぺりの街。良質な温泉が湧き出ずるとともに、マリーナなんかもあったりするのでフツーの温泉街とはちょっと違う。最近はちょっとオシャレに楽しむコトが出来るスポットになりました。「世界最長の足湯」という、スゴイのかスゴクないのかよく分からない(笑)施設が最近完成したので、結構日帰りの観光客でも賑わっている様子です。

 たこちゃんの従兄弟が営む宿に、今日もいきなり御世話になるコトになりました。「繁忙期だから、無理しなくてもいいよ」と一応遠慮がちに打診しますと、「いやいや、オレの顔をつぶすなって。部屋はなんとかするけん。」と頼もしい返事。到着して、オドメーター見てビックリ。「3」が並んでおります、オール3。まったく真ん中の成績の通信簿みたいです。

 温泉に入って、従兄弟とムカシ話に花を咲かせつつビールも思わずすすみます。ワタシが中学生の頃、「スーパーカーを見に行きたい」と、当時東京の大学(自称、麻雀学部:笑)に通っていた、この従兄弟にひとこと云ったら、「それじゃー、クルマ借りてくるけん、見に行こ、見に行こ(”に”に軽くアクセントがくる、独特の九州訛りで)」と都内中を巡ってくれた思い出も懐かしいです。そういったコトから、現在のマセラティ屋(スーパーカー屋)店主というワタシの立場を形成した張本人の一人とも云えないコトも無いワケです。

 このあたりで、ちょっと整理しておこうと思うのですが、この段階で「2012年8月13日(月)」の夜だって知ってましたか(ワタシも、たった今知った:笑)?・・・このシリーズの”その2”から本日お送りしている”その7”のこの段落の文章(と下左写真)までは「8月13日」ただ一日の出来ごとであります。ワレながら「アホ」としか云い様がありません。

20120829032012082904 海のすぐそばに「小浜観光協会」の広々とした共同駐車場みたいなのがあり、そこにクルマを停めておきます。

 翌朝起きて、クルマの様子と海を眺めに散歩がてらにヤッてまいりました。ここからが「2012年8月14日(火)」のハナシですからね。

 この場所は天気さえ良ければ背景の景色がスコーンと遠くまで見渡せるのですが、残念ながら今朝もいまだ小雨がじゅるじゅる降っております。夜半には激しく降っていた様子で、窓を叩く雨音で、夜中に幾度か目が覚めたくらいでした。

20120829052012082906 ちょっと、イタズラ心を発揮して、さらに「3」を追加するためにわざわざ「3速」に入れた走行中のメーター写真を撮影いたしました。ほぼ成功。

 宿に戻るとスッカリ朝ごはんの仕度が整っておりました。極めてオーソドックスな正しい旅館の朝食メニューであります。GWの高野山の時も書きましたが、こういう時の御櫃御飯って、どーしてこうもウマく感じるのでしょうかね。普段一枚のパンとコーヒー、そして自家製カスピ海ヨーグルト(きなことビール酵母粉とピーナッツ粉とブルーベリージャムをイレてかき混ぜて食す。その道のプロしか喰えないスンゴイお味:笑)とリンゴジュースの「酢」割りという朝食を十年一日の如くに実践しているワタシ。朝からこんなウマいもんが食えると思うと、思わず三杯飯にもなろうと云うモンです。ごちそうさまー。

20120829072012082908 ここで「記念写真」をば。ここの大将である従兄弟と、そのヨメさんである女将さんであります。

 従兄弟はたいへん若くみえますが、ワタシの11才上ですから、アンチエイジング法を聞いてみたいモンですが、聞き忘れた。

 同様に女将さんの方も、「じゃらん」などの口コミコメント欄などでは必ず「美人女将」と評されている様子でたいへん若々しくも働き者。「むつみの宿 和多屋(わたや)」と申します。近辺の方は機会があればお立ち寄りください。違いの分かる高年齢層のお客さん方からは、質量ともに夕食メニューが絶賛されているようですよ(いつも夜遅く到着するので、残念ながらワタシたちは、いまだ御相伴に預かったコトがないのです。一度食べてみたーい!:泣笑)。まさにリーズナブルな宿の鑑であります。・・・「また来るからねー」

20120829092012082910 すぐ近くにある当地の墓参も済ませて、いざ本格的に出陣です。

 お昼頃までには「大分」入りしたいので、高速の「諫早」インターを目指します。

 このあたりのヒトの交通マナーは、ひとことで云えば「超安全運転」、云いかえれば「めちゃくちゃトロイ(笑)」。だけどセンターラインがずーっと黄色いので、いかにも追い越すコトが出来ません。ルームミラーも付いてない(笑)らしく、いつまでもどこまでもマイペースを貫かれてしまいます。

20120829112012082912 それでも、空いた高速を快走し、お昼過ぎには大分インターを出るコトが出来ました。

 あとは、ナビに任せて目的地を探します。「目的地周辺に到着いたしました。音声案内を終了します」と、いつものように肝心のところで、無責任なナビには放り出されました。「だいたいこのあたりだと思うんだけどなぁー」・・・あっ、「青いミニ」を発見!自信を以って表札を一応確認すると「Y下」とある。えー、ココ違うのかなー、「I藤」ぢゃない。躊躇するまま一旦通り過ぎてしまったところで、携帯電話が・・・「あー、ココでいいの!戻ってきて」だって。表札くらいはチャンとしてくださいよー(笑)。

20120829132012082914 じゃーん!またも登場、「Rたろう先生」でいらっしゃいます。昨年11月、「高野山」以来の再開です。奥さまや二人のお子さんとは1年ぶり、皆さんいよいよお元気そうで何よりです。

 「早速、昼御飯にイキましょう」と促されるまま、ミニとコンボイで走ります。ジャガーXJ-SのV12から、最近このミニ(ポールスミスバージョン)に足車を替えたらしいのですが、先生は結構お気に入りの御様子でした。

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 大分、由布院、別府・・・。この辺では何をするにも、ドコに行くにも、高速に飛び乗ればひとっ飛びという感じでいつも羨ましく思います。

 「チョット、ひる飯に・・・」が高速移動ですからね。ある意味「アメリカン」な暮らし向き。いえいえ、Rたろう先生は「違うよー、ヨーロピアンだと云って」と宣まうコトでありましょうね。ミニとコペンと抜きつ抜かれつ、九州独特の雄大な山の風景をも満喫、つかの間の高速走行を楽しみました。これが、275GTB/4と初代ギブリ若しくはミウラの競演だったら、もっと絵になるんでしょうけども(お互いに泣:笑)。・・・でも「紅の疾風」がもうじき御邪魔いたしますからいいぢゃないですか、可愛がってやってくださいな。”青いの”と”赤いの”で仲良くしてね。

20120829192012082920 別府インターのほど近くの日本料理店で御馳走してくださいました。ここのお店スゴクいいです。ヨメは「(久留米で登場した)みーちゃんにも教えてあげよ」と云ってました。

 「あー、おいしかった!」で、表に出ますと「Rたろうジュニア君」が我がコペ蔵のトランクに貼りついたラゲッジラックをいきなり引っぺがそうとしております。「あー、ダメダメ(笑)」

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 別府から、あっという間に大分市内の「Rたろう先生宅」に戻ってまいりまして、小一時間ほど談笑を楽しみ、コレまた、あっという間ではありましたが御暇するコトにいたしました。

 フェリーは当日予約を受け付けないそうなので、現地乗り場でのキャンセル待ち扱いになるとのコト。「それじゃー、早くイッとかないとね」というハナシになり、先生御一家も見送りのためにわざわざ「佐賀関」まで御同行くださいました。ここって、「関サバ」とか「関アジ」で有名なところですよね、あとから考えてみると(現地では、フェリーに乗れるかどうかが心配で、なんも考えて無かった:笑)。

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 この「国道九四フェリー」は、その名前のままに、海上航路自体が「国道」扱いなんだそうです、面白いですね。

 ですから大分県側も対岸の愛媛県側も同じ番号の国道になっています。遠い将来に架橋されるようなコトがあれば、きっと無くなっちゃうんだろうなーと思うと、ちょっとサビシイものがありますが、仮に「九四連絡橋」が掛かれば、たこちゃんズ旅にもグッと広がりが出ようと云うモノです。

20120829272012082928 ・・・それでも、本日は、いまだフェリーだけが頼りであります。

 時間が来てクルマの中で待機していると、先生の奥さまが色々と売店で購入したお土産を差し入れてくださいました。「それじゃー、また!有難うございましたぁー」と車中より手を振ると、一旦先生御一家のお姿は見えなくなりました。

 あとは順番を待つだけであったハズのワタシたち。・・・「はい、ここまでー」PM17:00出航の便、惜しくもたったの「二台手前で」切られてしまいました。

 「あー、惜しかった、やっぱ5時のはダメでした」「じゃ、もうちょっと待とうね」

 キャンセル待ちをする間、Rたろう先生の御子息たちは、備品のリアカーを引っ張って遊んでいます。そのうち係員のおっちゃんが出てきてオコられてましたけど(笑)。

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 お忙しいのに、さらに一時間もお付き合い頂き、ようやくPM18:00定刻通りの出航です。船上のワタシたちを見送り、いつまでも手を振ってくださる、Rたろう先生の御一家。

 写真でも分かります様に、ホントに「ちーさくなって」完全に見えなくなってしまうまで岸壁にいらっしゃるのがワタシたちの方からも見えていました(奥さまのオレンジ色のお召しモノがよく目立ちました)。ちなみにコレの反対側から見た船上のたこちゃんズ画像が「Rたろう先生のブログ(8月15日アップ分)」に(やっぱり勝手に:笑)アップされておりましたので、そちらの方もご覧になってみてください。

 今日は、まったくホンの数時間だけの大分滞在でした。まだまだゆっくりとおしゃべりを楽しみたかったのですが、先の予定も詰まっておりましたゆえに失礼させて頂きました。Rたろう先生御一家には、毎度心より感謝いたしております。「有難うございました(ペコリ)」

20120829332012082934 フェリーっていいですね。安価でつかの間の「客船気分」がしっかりと味わえます。

 とりわけ夕暮時には、刻々と変わっていく空の色、海の色がとても美しく感じられ、潮風にあたりながら一服つけるのは譬えようもない充足感です。

 今日は、たまたま一本乗り損ねたためにソレが却って僥倖となり、PM18:00発のこの”夕焼けタイム便”に図らずも乗ったというワケですが、これはこれでヨカッタですね。70分という乗船時間も長すぎず、短すぎずでちょうどいい按配。しばしの間、その変わりゆく風景を存分に楽しむコトが出来ました。

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 そうこうしているうち、徐々に日も暮れてまいりました。東京よりも日が長いとは云え、PM19:10ともなりますと、さすがにトップリと暗くなります。

 しばらくすると、すぐ近くに四国の灯りが見えてまいりました。大分からクルマでここまで来ようと思ったら、かなーりトンデモない行程になりますが、わずか70分で愛媛県入りを果たすコトが出来るこの「国道九四フェリー」、今後も頑張って頂いて航路廃止にならぬよう、節に願うばかりです。ホントにワープした感じでした。「さようなら九州、こんばんは四国」

20120829392012082940 フェリーを降りたら、その後も国道と高速を走りに走り、なんとか今晩の宿に到着!松山市郊外です。

 時刻はPM21:08と表示されておりますね。たまたま掛っていたのがイーグルスのホテルカリフォルニアであるのが御愛嬌(ネラってたワケではありませんヨ:笑)ですが、そんなにオシャレなところではありません。周囲を見渡しても、ただただ真っ暗。国道からちょっとだけ入ったところなのですが、ファミレスもコンビニもありません。

20120829412012082942 なんか、玄関とロビーのイメージでは、とりあえず「ダッセー(泣笑)!」という感じ。さらには受付のねーちゃんに夕食のルームサービスを頼んでみたところ、アカラサマに嫌悪感を噴出しておりましたので、クルマでそとに喰いに行くコトにいたしました。

 というわけで、第一印象は「結構ダメかも」だったのですが、カギを渡されては恐る恐る部屋に向かいドアを開けてビックリ。その広さ、清潔さ。そのびっくり価格を考えれば、部屋の造りは大満足です。

 ホテルというよりも、立派なドミトリーの一室といった感覚。低層階なので窓のそとのビューこそはたいしたコトありませんが、夫婦二人には十二分な広さです。ベッドもデカくて良く寝られそう。んじゃ、フロにでもはいりますか。

20120829432012082944 ここの宿は、基本が「温泉の御風呂屋さん」といった感じのところなので、当然宿泊施設の各部屋に用意されているお風呂は全室温泉です。

 御風呂の形態はジャグジー付きとか、岩盤浴付きとか色々と選ぶコトが出来るのですが、ワタシたちは、この檜風呂の付いた部屋を選んでおきました。檜の爽やかな香りで気持ちの良いコトこの上ありません。「今日も一日、長かったなぁ・・・ムニャムニャ」

 それじゃー、また明日!

2012年8月28日 (火)

たこちゃんズGT”2012夏”(その6:長崎市内探訪③・・・”オランダ坂”を上って降りるだけ:笑)

 おわー!朝早くは結構イケてるかと思いましたが、今日も結局「酷暑日」になってしまいました。なんとか夕方には涼しげな風も吹いてまいりましたけどね。皆さんもいい加減に夏バテ気味だとは思いますが、どうぞお体にはお気を付けください。

20120827372012082738 さぁ、昨日の「出島」に引き続いて、徒歩で長崎市内を歩きましょう。

 いきなり目に付いたのは、「長崎税関」建物と、「自衛隊」建屋前のヘリコプター晒し(笑)ディスプレイ。

 やはり、ここに税関があるのは、ムカシ出島があった、その流れのためなんでしょうかね。・・・っていうコトは、建物の向こう側にはすぐ海というか港湾が広がってるのかな。後年埋め立てて造り上げた地面に、今ワタシたちは立っているというコトでしょうか。この税関や自衛隊の道を挟んだ向かい(内陸側)に出島がありましたもんね。

20120827392012082740 もうちょっと歩いて行くと、高速道路の出入り口があり、背後に聳える丘の上には、なにやら旧めかしい建造物がチラッと見えています。これからあの位置まで登って行こうという魂胆ですが、・・・なんか結構キツそうな予感がいたします。

 なにげなく、歩道を見れば「鉄道発祥の地」碑が建っておりますが、今や周囲にはその痕跡もありません。

20120827412012082742 ここは、大浦海岸通りというのですか。あー、やっぱり海岸っぺりなんだ、ここ。このあたり、比較的大きなビル群が壁になっていて普通に歩いていると、ぜんぜん海は見えないのです。

 先ほど左側面が見えていた大きな洋館の前面がハッキリと見えてまいりました。なんか、デビルマンとかキューティーハニーとか、永井豪先生のマンガの舞台として、いかにも登場しそうなたたずまいです。ついでにアルフォンヌ先生とかポチ校長も懐かしいです(笑)。

20120827432012082744 上の案内板に写真が載っている大店は、現在ホテルに生まれ変わって盛業中でした。そのホテル(ホテルニュータンダ)を目印に路地へと曲がります。

 パッと見ると見逃してしまいそうな案内看板もありますね。もう、目的地はすぐそこみたいです。ワタシ、この段階で結構足にキテるんですが・・・それでは、いざ参らん!

20120827452012082746 ・・・というわけで、ここがかの有名な「オランダ坂」であります。「えっ?ただの坂道ぢゃん」。正解!まったく、その通り(笑)!

 何しろここは、「日本三大ガッカリ観光地」のひとつとして、そのホマレも高い場所だそうです。ちなみに他の「二大ガッカリ(笑)」は、「土佐の高知の”はりまや橋”」と「札幌時計台」なんだそうです。ここで、ちょっとイバります(笑)が、ワタシはこのオランダ坂到着により「三大ガッカリ」をすべて制覇したというコトになります。”モノ好き”としか云いようがありません。

20120827472012082748 どうも、いかにも”アルフォンヌ先生”や”如月ハニー”が居そうな丘の上の学校は「活水(かっすい)女子大学」というミッションスクールであるらしいです。

 そこらに”長崎のハニーちゃん♡”はいないものかと、よからぬ妄想を膨らませながら一生懸命坂道を上ってまいりますが、考えたら「夏休み中」なんですよね。女子学生さん達には御目に掛かるコトが出来ませんでした。

20120827492012082750 「オランダ坂」銘版と云うか表柱が坂の途中になってようやく出てまいりました。

 何を期待して行くかで「ガッカリ」の度合いというものは違ってくるものと思われますが、ワタシの場合にはそんなにガッカリしませんでしたよ、ココ。風光明媚であることには間違いありませんし、世間に数多くある「坂道」の中では、やはり「いい感じ」の部類にランクインすると思います。まっ、さすがに東京からはるばる飛行機に乗って「コレ」を目的に来たらキツいものがありましょうけれども。一方、さぞや立派なモノであろうと勇躍臨んだ「はりまや」と「時計台」には、あっけにとられたのも確かですのでソレらよりは、かなりマシかと(笑)。

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 ずいぶん長いこと歩きましたが、坂のテッペンまでは、相当な急勾配且つ結構な距離ですね。あてどなくヨタヨタと歩く感じです。

 ようやく「活水学院(おそらくココには付属校もあるのでしょう)」の正門(?)前&向いの「東山手十二番館」にたどりつきました。

 やはり夏休み中なので、残念ながらその門は固く閉ざされておりました。守衛所にもヒトはいらっしゃいません。だけど、ワタシがここの女学生だったら、二日で「登校拒否」決定だな。毎日この坂を登り降りするのは、登下校に「ハイキング標準装備(笑)」という感じですからね。ここまで来れば「山頂」も目前です。

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 はい、ここがオランダ坂の頂上(写真に写るワタシの背後)であります。もはやコシが伸びません。カサを杖替わりにしてどうにか登頂いたしましたけど。

 ああ、結構いい運動になるよ、コレ。

 どーでもいいけど曇り空なのに、どうしてこう、蒸すのでしょうね。「ふー」・・・息もたえだえであります。

20120828012012082802 まぁ、何と云いましょうか、横浜といい、神戸といい、そしてこの長崎といい、異人さん関係の場所というものは、”港”と”外国人居留地”と坂を延々と登った、その先にある”山の手”と”ミッションスクール”と”赤レンガ”が必ずセットになっておりますなぁ。・・・などと思いつつ、今来た道をそのまま降りるのも芸が無いので、頂上地点から折り返して下界に降りていく道を発見、それを歩くコトにしてみました。

20120828032012082804 先ほどまでの、いかにも「山の手」な雰囲気とは一転して、なんだか「ほとんど”尾道”状態」な感じになってまいりました。

 クルマも自転車も一切立ち入るコトが出来ないこの地域。郵便屋さんも新聞屋さんも宅配便の方も、ここの担当にダケはなりたくないに違いありません。「引越しとかどーやってヤッてるんだろーなー?」「タンスとかも、どうしてるんだろうね」「きっと大川栄策が30人くらい居るんぢゃねーの?(爆笑)」

 ともあれ、ごくごく普通の住宅や、活水学院の学生が住んでいるのであろうアパート群がガケっぷちに引っかかる様にして延々と建っている風景はちょっと壮観です。きっとワタシたちのような観光客も大勢紛れこんでくるのでしょう、階段道の途中途中には、民家の軒先などのちょっとしたスペースに清潔に整備されたベンチを設置してくれてあり、有難いものです。「みさき道」って名前が付いているんですね。

20120828052012082806 途中の案内看板も観光客向けにキッチリと整備されておりました。下界はもうすぐです。

 そこには、やはり「中華街」がありました。これも横浜や神戸同様ですね。夕方になってきて、ようやくハラごなしも出来たので、ここらで夕食とイキたいものですが、どうにも目がシバシバするので、門のうしろにある薬屋さんで「マイティアフレッシュ40(目薬)」を購入、即点眼(トシあるね:笑)。

20120828072012082808 晩のお目当ては、中華料理ではありませんで、こちらの「吉宗(”よっそう”と読みます。”よしむね”ではありません:笑)」というお店。

 有名な「蒸寿し」と「茶碗蒸し」のお店だそうです。・・・ところが、写真の様に、すでに長蛇の列が・・・。うーん、平和公園の駐車場が夜8時までなので、コレに並んで食べたらきっと間に合わなくて締め出されちゃうよ。「吉宗」ナメてた、こんなに人気のある店だったのですね。仕方が無いのですぐ隣のテイクアウトコーナーにて同店の”蒸寿し”と”さば寿司”を手に入れて(これもオーダーを受けてから本店舗の方でつくるので、結構時間が掛かるのです)、そそくさと電停に向かいます。ここのアーケードでボンヤリ待ってる時が夕食にアブれたショックも相まって”不快指数50000%”でした(笑泣)。風通しが無くて何しろ蒸してたな、この商店街は。

20120828092012082810 夕方というよりも夜の7時くらいなんですが、九州は日が長いですね。そして相変わらずにちっとも涼しくなってまいりません。

 市電の電車自体はかなり旧い形式の車輛でも完全に寒い程冷房が効いていますので、早く来ないかと待つ身には時間の経過が長く感じられます。今あらためて写真で見ると柳の葉っぱも涼やかで、いかにも清涼感のある風景に見えちゃってますけどね。

20120828112012082812 ここの市電には乗り継ぎ券というのがあって、他系統の傍流電車から、目的地までの電車に二重料金無しで乗り込むコトが出来ます。

 すっかり日もしずんだ頃、市電は平和公園の玄関口に到着いたしました。昼間に見るのとずいぶん違った風景に感じられます。せっかくですからもう一度上にあがってみるコトにいたしましょうね。

20120828132012082814 夜になり、ライトアップされた「平和の泉」は、やはり節電とか節水とか云わずに今も轟々と見事に噴き上げています。これが当地にてはからずも没した方々に、日々せめてもの慰霊となっていることを祈ります。

 こうして、いつでも涼やかな噴水が「生きている」この公園には、夜になっても安心して訪れるコトが出来ようと云うモノです。長崎市民の憩いの場、癒しの場となっているコトでありましょう。

20120828152012082816 そんな美しい噴水を眺めながら、先ほど店内で食べそびれた「吉宗(よっそう)」の”蒸寿し”を頂こうと思います。

 あたりはスッカリ暗くなっておりますので、周囲の人影もまばらです。ワタシたちには、この後も結構な長距離ドライブがヒカえておりますので、恒例のビール「プシュ!」もおあずけであります。・・・うん、結構おいしいよ、コレ。まっ、ここで夜間に弁当広げてるヒトは、通常あまりいないとは思いますが、これこそが日常の平和を享受している姿の実践というコトで、感謝しながら食べました。ワタシたちなりの”精進落とし”といったところでしょうか。

20120828172012082818 ・・・としみじみ感慨に耽っているところに・・・「出たな!闇夜に蠢く”小動物軍団”!(笑)」・・・あー、ビックリした。突如としてワタシたちの足元に現れた、「ゲコ吉とニャー夫」であります。

 この写真はストロボ焚いてますから、こんな感じに撮れていますが、実際には平和の泉を照らすライトアップの灯りがぼんやりと彼らのシルエットを浮かび上がらせますから、突然にチラッと見えると「ギャー!!」です。なんか、たこちゃんズにはどういったワケか小動物がついてくるんですよね。さあ、駐車場に戻りましょう。

20120828192012082820 たった6時間程度の滞在ではありましたが、色々と考えさせられたり、勉強したり、はたまた良い風景を見せてもらったりと、なかなかに盛り沢山な長崎市内観光となりました。

 次に訪れた時には「グラバー邸」方面にもイッてみようと思いますが、何年後になるコトでありましょうかね。長崎県内というコトで云えば、「佐世保」にも行ってみたいと思い、今回も佐世保と長崎市をどっちにしようかと迷った結果の長崎市内観光でありました。とにかく、九州も長崎県も広いよなー、なかなか全部は周れないものです(ああ、宮崎もワタシに唯一残された国内未踏県ですね)。

 さぁ、名残惜しい長崎市ではありますが、夜の天主堂に別れを告げて、今晩の宿泊地へと歩を進めましょう。

 続きをお楽しみに!

2012年8月27日 (月)

たこちゃんズGT”2012夏”(その5:長崎市内探訪②・・・市電に乗って、出島へ行こう!)

 本日も酷暑の中、朝早くからたくさんのお客さんがおみえくださって、誠に有難うございました。「岩手のKさん」「松戸のAさん」御土産有難うございました。・・・当ブログの方は「たこちゃんズ、長崎に行く(すでに、題名が違っとる:笑)」の続きをお送りします。

20120827012012082702_3 市電の電停にやってまいりました。長崎の市電は新旧内外様々な種類の路面電車が走る、そのスジのヒトには有名なものです。

 路線図に広告の出ている「電車一日乗車券」の購入も考えましたが、この時間からだと、なんだかモトが取れそうに無いので、普通に払って乗車するコトにいたしました。

20120827032012082704 ワタシたちが待ち望む「系統」の電車が来る前にも、様々な車型の電車が次々と電停に入ってまいります。

 路面電車が発達している街では、どこも非常に多くの本数を運行してくれているので、ホント自転車替わりに「ポンっ」と乗れる利便性が高いのが特徴です。いちいち大深度まで掘り下げたホームまで下がったり上がったりをしなければならない東京の地下鉄などに比べますと、御老人や身体不自由な方々にはこの交通システムの方が遥かに便利に感じられるコトでしょう。

20120827052012082706 電車の中から「何か面白いものないかなぁー」とカメラを向けていると、「アッ、出島発見!」と思いよく見れば「文明堂総本店」でした(笑)。全国区ブランドである文明堂カステラの総本山がここらしいです。

 そして、「本物の出島」にほどなく到着いたしました。当然の様に「出島電停」の目の前にそれはあります。

20120827072012082708 まぁ、とりあえず折角来ましたので、入場料を払って中へと入ってみましょうね。

 これからの写真では、ワンカットワンカット、ヒトのいないタイミングを見計らって撮影したため、ほとんど観光客がいないように思われましょうが、実はそれなりにヒトが入っていました。だけど、「ムカシ来た時はこんなところだったかなぁー」とヨメと二人、首を傾げながらの入場です。

20120827092012082710 ・・・で、さっそく「寝る(スッカリ恒例:笑)」と。さすがに、ここまでの旅のツカれがずっしりとキマすねー。

 あぁ、ちなみにこの座敷は靴を脱いで上がっていいことになっているところですからね、あしからず。なんだか本格的に眠くなってまいりましたが、実はここ、写真で感じられるほどには爽やかな空間ではありませんで、当日の不快指数30000%(笑)はそのまま。寝てたらそのうちカラダが朽ちていくようです。

20120827112012082712 それでも、ゴロ寝をしながら、格子戸のオモテを見ると、なかなかの情緒です。

 ゆっくりと起きあがって、建物の裏手に回りますと、そこには川が流れておりました。

 コレで涼やかな風でも吹いてきてくれれば、もはや云うコトがありませんが、本日の長崎の湿度はヒト味もふた味も違うキョーレツなものなんです。

2012082713 2012082714

 この施設の復元建物の中でも、一番チカラが入っているとおもわれるのが、こちらで御紹介する「カピタン部屋」という、一風変った建造物です。

 入り口の階段下では、当時の扮装をした係の方が「呼び込み」をされておりましたので、導かれるままに入っていきました。さっそく二階で靴を脱いで建物内にアガってまいります。

 その外装、内装は、まさに「和洋折衷」そのもので、江戸末期から明治中期くらいまでの「いかにも出島らしい」空気感を、なかなか上手に再現するディスプレイが凝らされております。

20120827152012082716 まっ、とにかく「畳」の上に「ジュータン」を敷けば、ソレが「洋間」。

 天井からは「シャンデリア」が下がりますので、それなりに晩餐会気分は盛り上がったコトでありましょう。

 ムカシも今も、「エラいヒト」はこうして毎日晩餐会に打ち興じているのでしょうね。バルコニーから表を見遣りますと、フツーの長崎市内が見えており、市電も走ってまいります。ちょっと面白い空間です。

20120827172012082718 女中さんの詰め所には窓もなく、やはりヒデー扱いですね。それでも、たこちゃんズのアパートより遥かに広い(泣笑)。

 西洋の調度品を並べられた応接間スペースも、床はやはり畳敷きです。戦前のちょっとしたお金持ちのお家は皆こんな感じであったのかな。ここで御紹介した部屋はこの建物内のホンの一部ではありますが、なんとなく雰囲気はお伝え出来ていると思われますので、こちらはこの辺で。

20120827192012082720 表に出て、さらに奥を目指します。左側を見ると明治の出島風景で、一方、右側を見ると地元ローカルテレビ局の近代的な建物が屹立しております。高い塀などで、あえて境界を設けていないので、このように不思議な空間を楽しむことが出来ます。

 どうもこのあたりの広場において、「和牛フェア」なる催しの準備が進められておりましたが、惜しい、明日からだって(泣笑)。

20120827212012082722 あー、そうそう、コレだよな、出島と云えば。ムカシ修学旅行で訪ねた時にはこのミニチュアのジオラマが見せ場の一つであったコトを思い出しました。

 今では、「原寸大ジオラマ」を見てきたあとですから、ちょっと感動もウスくなっちゃいますね。栃木県日光の「東武ワールドスクエア」に間違えて来てしまったみたいな気持ちです。露天で見る縮尺模型の街並みはなかなかに良く出来ておりましたけどね。

20120827232012082724 うー、なんかオブジェっぽいモノが居並ぶコーナーです。

 左の写真は・・・えー、なんだったっけ(忘れた:笑)?

 右の写真は、手前が「(当時としてはかなり正確であったろう)日時計」、奥が「大砲」です。当時舶来の最新技術は皆この地から伝来したというワケですね。錆色が芝生の緑に映えて、こちらもなかなか美しい。「彫刻の森美術館」みたいです。

20120827252012082726 なんでも「伝来」してしまうというのが、ここ出島のいいところ(笑)。バドミントンも伝来したのが当地らしいです。新沼謙治さんは知ってるんだろうか(分かるヒトだけ分かってね:笑)。

 涼を求めて裏手の川を眺めにいきますが、やはり”ムシムシ”の不快さは、もうこうなるとドコに行っても同じ(泣)。こりゃ、”ウチワ”か”センス”を持ってくるべきだったと、後悔するのでありました。

20120827272012082728 比較的近年に整備された様子の「出島レプリカ建物群」ですが、ちょっと「アレた」ムードも上手に漂わせていて「ウェザリング」が結構ウマいです。

 そんなところにミョーな関心をしていたら、ヨメが「ギャー!」と騒ぐので、何事かと思えば・・・「かに(笑)」。ワタシも目を遣った瞬間には、大きな蜘蛛だと思いましたので「うぉー!!」と叫びましたが、よく見ればやっぱり・・・「かに(笑)」。ややこしい保護色使うなよなー「かに(笑)」。隣の河川からテケテケ歩いてきたのでしょうかね。結構半端にデカイので、ホントにびっくりした。

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20120827332012082734 出島内の街並みをフル再現した1/1レプリカは映画村のようです。しかしながら、どちらかというと「お勉強スポット」の類の場所なので、観光目的で来ているワタシたちにとっては、なんつーかこう、ヒト味モノ足りない感触。

 あんまりエンターテイメント要素がありませんので、一軒一軒の中にある内部展示を眺めるだけでは、なかなか時間が経ちません。

 結構広い場内も意外につるつると回れてしまいます。そういう意味では「さぁー、きょうこそは”でじま”にでも行くかー」と意気軒昂でわざわざやってまいりますと、若干「ヒザカックン」なスポットかも知れませんね。ワタシたちもせっかく長崎に来たんだからと立ち寄ってみただけですから。江戸東京たてもの園の方が、ぶっちゃけ何倍も面白い。

 それでも、「幕末期マニア」系のヒトにとっては、楽しめる要素をより多く発見出来るのかも知れません。長崎におみえの際は、ぜひにとは申しませんが空いた時間があれば寄ってみてね、といった感じです。実際、すぐに見終えるコトも出来ますし。

20120827352012082736_2 出口まで戻ってまいりました。「現在の長崎」に帰りましょう。

 出島の外に出ると、すぐそこに市電(外車っぽい)の一台が停車中。なるほど、さっき上から見ていた「バルコニー」はこういった配置になっていたのですね。

 まだ、夕食の時間にはちょっとハヤいよな。もう少しハラごなしをするために市内の歩きまわりを続けたいと思います。

 続きをお楽しみに!

2012年8月25日 (土)

たこちゃんズGT”2012夏”(その4:長崎市内探訪①・・・爆心地にて)

 今朝パソコンを開いたら、このブログのアクセスカウンターが「40万ヒット」を越えてました(喜)。そもそも「番外地サイトのおまけ」であるこのようなブログに毎日たくさんのお客さんがみえてくださっているというのは、皆さんのご多忙を想えば、本当に有難いコトであると感謝しております。

 ・・・さて、おとといまでの続き。高速で長崎市内まで到達いたしました。高速の最後の方で、「平和公園にする?グラバー邸にする?」とJCT案内看板が問うておりましたので、走りながら5秒くらい悩みましたが、平和公園へと舵を切りました。一旦、雨は上がりましたが、あたかも雲の中に居るようにムシムシとしています。コレはワタシがこの夏に体感した中で一番不快。もはや不快指数30000%です。

20120823012012082302 ホントは、この平和公園の地下にある市営駐車場にクルマを停めてきたので、これからしばらくの写真の順番には「ウソ」がありますが、ご覧になっている方々の利便のために、メインエントランスから順に奥へと御案内いたしましょう。

 この地を訪れるのは、実に「高校の修学旅行」以来ですから31年ぶりというコトになりますか。とは申しましてもムカシの記憶は、もはや完全に消去されており、どこを見ても新鮮な気持ちです。美しく植栽が整備された階段の右隣には、ごく最近装備されたと思しきエスカレーターと動く歩道が手を繋いだような経路もあり、足腰の弱い方でも登り易くなっておりました。その入り口の横にある、「平和公園」看板石碑も、新調されているようです。

20120823032012082304 左の写真はその階段をエントランス方向に見降ろしたところです。四季折々、季節の花々が咲き乱れるコトでしょう。

 階段を登り切ったところで真っすぐ正面を見ると、目の前に「平和の泉」が噴出しており、その噴水の中央の奥には、有名な「平和祈念像」が鎮座しております。あいにくと雨が降ったりやんだりの天候ですが、この公園にとってはこんな天候の方がむしろ相応しいと思いました。真夏の炎天下の方が、”1945年8月9日”をより一層身近に生々しく感じられましょうが・・・。

20120823052012082306 こんな天気の方が当地に眠る方々にとりましては「鎮魂」となり得るかと。

 ここでは、あまり多くを語りたくはありませんが、右写真の石碑に刻まれた有名な作文は、何度読んでも胸を締め付けられるような思いがいたします。今はただひたすらに合掌するばかりです。キレイごとばかりでは済まされませんけれど・・・。

20120823072012082308 長崎市という自治体には、「史上第二の被爆地」としての矜持と申しましょうかある種のプライドを感じます。

 こういった、原爆関係の施設に掲げられた案内板のそれぞれを見ますと、それを伺い知ることが出来るように思います。とにかく、「現実にそのような状態であった」という事実をオブラートに包まずに叩きつけています。キレイな言葉で糊塗していないところが重要なんですよね。周囲の雑音や圧力に屈することなく、今後もこの姿勢を貫いていってほしいと願います。

20120823092012082310 ワタシたちが訪れる直前に、祈念式典が催されたことと思います。

 後年造られた「長崎の鐘(音出ます、注意。お若い方、せめてワンコーラスだけでもお聞きください。このモニュメントと直接の関係はありませんが、心に沁みる名曲です。♪なぐぅーさーめぇー、はげまし、なぁがーさぁきのー♪というサビ、”藤山一郎@スジャータ(音出ます、注意)”先生の絶唱が秀逸)」にもたくさんの美しい千羽鶴が飾られておりました。

 この日も多くの人々が、この公園にはいらっしゃいましたが、突然「ゲリラ豪雨」が降り出しまして、全員が屋根のあるスポットに退避してしまいました。豪雨にメゲずに撮影したのが右の写真です。ここでヒトが一人も写りこまない写真を撮る機会はなかなか無いものと思われます。

20120823112012082312 31年ぶりに対面した「平和祈念像」前で記念写真を。

 この像は、テレビでもよく紹介されてきたものですが、実物を真近で拝見いたしますと、曇天に映えて荘厳な彫像です。

 折角ですから、ワタシもむりやり笑顔をつくって記念写真を撮影してもらいましたが、やはり些かひきつっておりますね。

20120823132012082314 ここは、1945年8月9日まで長崎刑務所の支所が建つ場所であったらしいです。

 今もこのようにかろうじて残った基礎の部分をモニュメントとしてあります。

 美しい芝生が「67年前の夏」を覆い隠してはいますが、やはり雷に打たれた様に厳粛な気持ちになってまいります。個々の説明ボードを熟読するのもツラくなってきたりしますが、日本人として歴史的現実を受け止める義務を感じますので頑張りました。

20120823152012082316 ふと公園の脇に目を遣ると、「文明堂のカステラ」の大看板がありました。ちょっと現在に引き戻されて正直ホッとするものです。

 周辺案内図を見ると、この公園の隣が本当の「爆心地」である模様なので、その通称「爆心地公園」に行ってみることにいたしました。一度この平和公園のメインエントランスまで降りて、すぐ隣にあります。

20120823172012082318 こちらは平和公園以上に心にせまるものがあるエリアです。

 入口に埋め込まれたプレートにある長崎市長銘のメッセージ。

 事実を淡々と伝えるだけですが、これが一番重く感じられるのです。67年前の8月9日の午前11時2分、もしもこの地に自分が居たら、我が身は跡かたも無く瞬時に消え去っていたのだと思うと文句なく戦慄が走ります。

20120823192012082320 公園内には慰霊塔がありました。懇ろに手を合わせてとにかく御祈りしました。何を御祈りするというのでもなく、ただひたすらに合掌するという気持ちになります。

 「原子爆弾投下中心地」。ここ長崎と云い、広島と云い、出来ることならば世界中の「先進国」を名乗る国々の国民が機会あらば一度は訪ね、掌を合わせてみて欲しいところです。

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20120823232012082324 浦上天主堂(再建されたものには、後ほどまいります)の遺構が移築されている他、原爆炸裂の時間を示したプレートが土台に嵌めこまれた像などが、爆心を示すモニュメントとともに点在しています。

 当日は天候が不順であったにも関わらず、外国人の方々も多数御見受けいたしました。所属するお国によって、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下について、後に様々な「意味付け」がなされているようですが、この場所では、いかなる屁理屈も通じません。他国の方々も爆心碑を見上げ、ニコリとも微動だにもせず、ただただ茫然、しばし固まっておられました。それらのお姿を見ては、人間として(はたまた日本人として)少し嬉しく思いました。

20120823252012082326 爆心地公園に入ってすぐのところに「被爆当時の地層」という看板を発見いたしましたので、導かれるままに行ってみました。

 どうも、公園内を流れる川沿いに降りていく様子です。初めのうちは意味が分かりかねましたが、階段を降りて行く途中で「そういうコトか・・・」と得心いたしました。

20120823272012082328 ・・・ここは爆心の地。当時の詳しいことはワタシ如きには計りかねますが、戦後の復興時に焼けただれ、放射線に汚染された大地を半ば埋め立てるようにしてこの公園が出来ているのだということを理解いたしました。右の写真で階段の向こうに見える窓の中が、その「地層」です。

 この川も、辛うじてギリギリ生き長らえていた人々が、結果的に「末期の水」になってしまったであろう癒しの水を求めて彷徨った場所だそうです。

20120823292012082330 その「地層」をアップで撮影いたしました。

 日常の生活品がそのまま埋もれています。

 ・・・この「そのまま」というところが胸に迫ってくるのです。戦時下ではあっても、それなりに普通で平和であった真夏のある日の日常が一瞬にして四散埋没する。そして非戦闘員であるはずの一市井のシチズンがその直接の被害をもはや立ち直れないほどに被る。伝統的な”武士道”や”騎士道”においてはありえない、極めて老獪な「戦争のあり方」です。一方で、このような仕打ちまでされないと、戦争を終結させることが出来なかったという当時の政府高官たちの無策ぶり(そして当時の政治システムの欠陥)には言葉もありません。

20120823312012082332 ・・・ワタシ、政治的には右でも左でもありませんし、歴史にも疎いですけれど、とにかく「いいものはいい」し、「ダメなもんはダメ」という考え方なので、今の日本の現状を鑑みますと、一層悲しみと怒りが相半ばしたような気持ちを持ちました。先人達の経験や痛みを踏まえた国造りや政治システムの再構築は出来ないものなのでしょうか、と思い悩みます。

 一度公園のそとに出ますと、美しい景観の市民公園にしか見えないものですが、この爆心地の持つ歴史的事実を踏まえてから見ているせいで、何やら複雑な心境ですね。

20120823332012082334 今度は「長崎原爆資料館」を訪ねました。ここも過去に二回(小学校6年の時と、高校の修学旅行で)訪れたスポットです。

 小学校の時に来た折には、いまだこのように立派な建物では無かったように記憶しております。なにか「田舎の中学校の木造校舎」みたいなところで、真夏と云えども冷房も無いような、それだけに往時を偲び易い場所であったように懐かしく思いだします。

20120823352012082336 しかしながら、ひとたび場内に入りますと、ホグれかけた心はまたもや一瞬にして凍りつきます。

 こちら長崎の資料館は、数年前に訪れた「広島の資料館(外国人客や、若年層を意識してか、あまり良くない意味で洗練されすぎてしまった)」に比べますと、一層展示内容が生々しく感じられました。ここにもたくさんの訪問客(外国人も多数)の方々がいらっしゃいましたが、もちろん笑顔は無く、そこここでカタまっておられました。

20120823372012082338 フラッシュを焚かなければ写真撮影自由というコトになっておりますが、「博物館系の撮影大好き」で御馴染のワタシがここではほとんど撮ってませんね。

 なんと申しましょうか、正視に堪えられないのです。なんでこうなっちゃったのかと悔むばかり(もちろん、ワタシなどが悔やんでみても仕方が無いコトなのですが)です。

20120823392012082340 「ヒロシマ」と「ナガサキ」の原爆関連施設の数々。いまだ未見の方には、これから先に足を運んで頂きたいと思いますとともに、幼い頃やお若い頃に一度行ったことがあるという方々も、「大人の修学旅行」の一環として、”大人の目”で再度見て欲しいと願います。

 ハッキリ云って、決していい気持ちになれるところではありませんが、自分の心の中にある「どこか忘れたり、欠けたり」している部分を再発見出来るかも知れません。少なからずワタシが感じたのは「健康で毎日普通に働ける」という現実への感謝の気持ちです。

20120823412012082342 些かワタシなど軽い人間にはヘビー過ぎた資料館をあとにいたしまして、観光案内図を見ますと、この近くの途歩圏にこれまた有名な「浦上天主堂」が屹立しているとのこと。

 さっそく雨の中を歩いてまいりますと、市街地の中の小高い丘の上にソレは聳えておりました。木々の緑に赤いレンガ造りが映えて、やはり美しい景観です。

20120823432012082344 時節柄、「平和祈願祭」の看板がメインゲートに掲げられておりました。

 急勾配のスロープをゆっくりと上がって行きますが、夕方になっても「超ムシムシ状態」が続いておりますゆえ、結構息切れします。

 上にあがってくるに従って、徐々に周囲の街並みを見渡すコトが出来るようになってきます。聖地だけに清々しい場所です。

20120823452012082346 坂の途中には「教会見学のマナー」を訴える看板がありました。きっと傍若無人な中高校生の修学旅行客がアホな行動に至るコトがあるのでしょうね。

 そうこうしているうちに、ようやく丘の頂上が見えてまいりました。長崎のシンボルのひとつとも云える有名建造物ですから、やはり独特の存在感を放ちます。

20120823472012082348 例によって「歴史」にヨワいワタシたちは、説明ボードを拝見して御勉強です。

 キリシタンの弾圧や、原爆など長い歴史の中で数奇な運命に晒されてきた事が理解出来ました。

 カトリックキリスト教会としての「格」も高く(入り口門柱には”カトリック浦上教会”とプレートが埋め込まれてありましたので、これが正式な名称であるのでしょう)、ローマ教皇もいらしたことがあるそうです。

20120823492012082350 観光客の皆さんが、天主堂の内部を伺っている様子のなので、ワタシもマネしてみますと、イエス像と美しいステンドグラスを垣間見ることが出来ました。

 旧浦上天主堂の被爆した残骸は長崎市内の数か所に移築されておりますが、この敷地内にも一部を残してあります。今となっては美しい植栽で飾られておりますが、色々と想いをめぐらせると複雑な心境になり、こんなワタシたちでも考えさせられますね。

20120823512012082352 天主堂の階段を降りて、市街地に出ますと、一瞬にして現代長崎の日常に戻ります。 「平和町商店街」の看板にも、思わずホッといたします。

 「平らかで和やか」な状態というのは、人類の歴史上、なかなか長期に亘って維持するのが難しいものであったのだなぁというコトがこの歳になってようやくわかります。そもそも人間そのものが持つ「業」と云いましょうか、内在する矛盾と云いましょうか、とにかくそういった「こんがらがった」事柄を、哲学とか宗教学とか心理学とか比較文化論とかそういったものを勉強して解きほぐしていく努力をする必要があるように、今さらながらに思いました。まだまだ人間修行が足りません。まぁ、そういう気持ちを思い出すというのも「旅」で自分を見つめ直すという効用の一つではありましょう。

 ・・・さぁ、ちょっとシメっぽいハナシばかりが続きました(当地に来たら、コレばっかりは仕方が無いんですけどね)。電停が見えてまいりましたので、アレに乗って長崎市内観光へとイッてみましょうね。

 続きをお楽しみに!

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