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カテゴリー「たこちゃん珍道中(イベント篇)」の18件の記事

クルマ関係だけではありません。興味の赴くままに・・・。

2013年3月 2日 (土)

旧車とカップメンの休日(その6:最終話)

 今日の練馬も、ほぼ一日中モノすごい暴風が吹き荒れていましたね。あー毎日悪天候にタタられて、長い様な短い様な(あっ、いや、どー考えても短かった:泣)一週間でしたが、結局今週は、”みなとみらい”だけで、ついにここまでの毎日を押し切ってしまった当ブログ。皆さんも、せいぜいアキれているコトとは存じ上げますが、本日もなお、コレを御覧になっていらっしゃる方々には「アンタはエラい!」の称号を奉りますです、ハイ。

 ところで、昨日のコメント欄には「カップメンのチューンナップ方法」を数人の皆さんからお寄せ頂いております。ウブなワタシ(笑)といたしましては、カップメンは取説の決まり通りに作るものと思い込んでおりましたので、どれも目からウロコ。”どん兵衛+ほていの焼き鳥タレ味(「まおぴー」さん)”、”カップ焼きそば+スライスチーズ(「おぐ」さん)”、”シーフードヌードル+カラムーチョ(「Ryo」さん)”・・・あー、分かる分かると云った感じ。「♪ほていのほていのやきーとり、(ヤキヤキ)」懐かしいな、現在も健在なのですね。

 「ヤングおー!おー!+カップヌードルのCM」、「焼そばUFOのCM+ピンクレディー」、「鄙びたドライブイン+カップヌードル自販機」、1970年代のコンテンポラリーな感性がモーレツにハッスルした、ナウでヤングなモノを感じる、ファッショナブルでサイケな組み合わせです(ナンのこっちゃ:笑)。

 ヨーロッパのスーパーでも買えるカップヌードルってスゴイことですよね。現地に行ってそのようなモノを目にすると、日本人として素直にウレしいものです。アメリカでも確かムカシはニューヨークのタイムズスクエアに湯気が出るギミックでお馴染みのデカい広告塔が付いてました。

 数日前の晩、ヨメが留守にしておりましたので、アパートに帰ると、冷蔵庫の脇のストックコーナーに「ペ○ング”激辛!”焼きそば」と云う全身ロッソのフィルムに身を包んだ、イカにもヤバそーなヤツを発見してしまいましたので、好奇心もあって食してみましたが・・・「ギョェーーーーーーー!!」な辛さと云うか痛さ。食べてる途中で寒気がするくらいにスゴイ。発泡酒でうがいをしつつ(笑)飲み下しながら、どーにか食べきるコトは出来たものの、その後すぐに風呂に入って顔をゴシゴシ洗っても、口の周りの辛さが3時間くらいトレないわ、ハラの中はムズムズするわで眠れなくなっちゃいました。翌朝のトイレがまた・・・(以下自粛:笑)。・・・やっぱ、万事”定番”に叶うもの無しですね。

20130302012013030202 (・・・昨日の続き)いよいよ当ミュージアムの白眉、カップヌードルファクトリーでのオリジナルヌードル造りに突入します。まずは、列に並び、「空カップ」の自動販売機でカップを購入いたします。

 中身が入っているカップヌードルがせいぜい150円程度なのに、こうして”空のカップ”を300円も出して買うと云うところがなんともシュールではあります。そう云えば大ムカシには、カップヌードルの自動販売機ってありましたよね。お湯も出てくる黄色い自販機が懐かしく思い出されました。いざ、お湯を差して、フォーク容れにソレが入ってなかった時の嘆かわしさと云ったら(実話:泣)・・・。

20130302032013030204 続いて、手指の消毒コーナー。専用の機械から出てくる消毒液を、まんべんなく手先に練りこみます。

 ここからは、順番に仕切り係のオネーサンに従い”自由創作”のコーナーへと導かれます。

 カップの余白に様々な”お絵描き”や”塗り絵”をして楽しんでまいりましょう。さぁ、初めてだから全然要領が分からないけれど、とりあえず何を書いてやろうかなぁー。

20130302052013030206 ・・・で、やっぱ”たこ(笑)”。

 とりあえず「たこたこヌードル」にしてみました。お絵描きコーナーに置いてある専用のマーカーペンで、色々と描いていきます。

 製造年月日の表示は必須です。また、このコーナーで製造した製品は、賞味期限を一ヶ月とみてください、とのアナウンスがあり(おそらくは、本物の工場の様な完全無菌状態では無いからなのでしょう)ましたので、ついでにソレも分かりやすく大書(笑)。

20130302072013030208 初めからトータルデザインを考えていなかったので、描き進めて行くうちに、二人ともどんどんヒドいコトになってまいりました(笑泣)。

 左は「たこたこヌードル」のオモテ側。右写真は”たこちゃんヨメ”作。こちらのモチーフは”ツガイのたこ”となぜかヘビ(笑)。写真を撮ってる時にも「ぜったいブログに出さないでねっ!!」と強く云われつつ、「まあまあ、思い出、思い出・・・」とナダめては撮影したのですが、例によって”チャンと”公開(ヨメは怒:笑)。

20130302092013030210 この”カップヌードルファクトリー”、隣のガラス越しには”チキンラーメンファクトリー”と云うのもありまして、あちらはより一層本格的。

 個々の作業テーブル上には製麺機が備えつけられておりますので、どうも製麺工程から行うみたいですね。あらかじめ、ネット上での予約が必要であるらしいです。ガラス越しにしばらく観察しておりましたら、まるで本物の御料理学校みたいに、皆さんの表情は真剣そのものです。

20130302112013030212 お絵描き工程の済んだ「たこたこヌードル」パッケージカップを本格的な製造工程へと回します。

 とは云え、ここからの工程は、全部ファクトリー現場担当者にお任せで、ワタシたちはただただ「ほえーっ、ホエーッ」と見てるだけ。カップ内を高圧エア洗浄し、当所で”逆転の発想”と呼ぶ、カップ内にメンのブロックを収める工程に進みます。とにかくカップヌードルを量産するときに、最初の難問がコレであったらしいです。

20130302132013030214 上に口を向けたカップに上から麺ブロックを一生懸命イレようと試みましたがなかなかうまくいかず、毎日この事ばかりを考えていた安藤百福先生が、ある日見たと云う「寝室の天地がひっくり返る夢」により、この工法の着想を得たそうです。

 その答えは、初めから天地をひっくり返して組み立てると云うモノ。あらかじめ麺ブロックの大きな面の方を下にして置いておき、その上からカポっとカップを被せます。それをそのままひっくり返せば確実に麺がカップに収まると云う寸法です。まさに文字通り逆転の発想であります。「たこたこヌードル」も自動麺入れ&ひっくり返し装置により、無事に麺を入れてもらえました。

20130302152013030216 続いては、スープ粉末と具材を入れてもらう工程です。

 「たこたこヌードル」にはスタンダードなポーク味、「たこヘビヌードル」にはカレー味を入れてもらうコトにいたしました。

 うーん、具の方なんですが、タコがありませんねぇー(泣)。うしろもつかえているので、早く選ばないと、とあせるうちに、なんだか結構普通の市販品仕様に近いモノになってしまいました。まったく創造力が欠如しております。

20130302172013030218 コレは「たこヘビヌードル」の方。

 「せっかくカレー味なんだから、普段入って無いよな”チェダーチーズ”でもイレて、欧風カレー仕様にでもしてもらえばよかったのにぃー」と後から指摘しましたが、今となってはあとの祭り。「だって、ピヨちゃんナルトが可愛かったんだもん」とは本人の弁。次は、やっぱ池田の方にも行ってリベンジ戦やらなきゃな。

2013030219201303022020130302212013030222 ・・・と、ここまでで、無事にスープと具材も入り、今度は上蓋ラベルで密封する工程です。

 専用のラベル貼り付け機械により、見事に封をされました。

 ここの担当者さん方は、皆さんが見せ方の演出を心得ているので、こちらがデジカメを構えれば、すぐさま条件反射の様に御覧の様な撮影ポーズをとってくれます。

 毎日これだけの数の来場者を朝から晩まで相手にして笑顔を絶やさずに居るのはたいへんなコトだと思いますが、こちらは楽しませて頂くばかりで申し訳なく思いますヨ。このホスピタリティーがリピート客を呼ぶのでしょうね。すでに何度でも行きたいモン、ワタシ。

2013030223201303022420130302252013030226 最後の工程はシュリンクパック。樹脂フィルムでカップ表面を包む作業です。

 一旦ブカブカのフィルムを被せた後に、高熱の雰囲気中に10秒ほど晒しますと、フィルム全体が縮んでカップ表面に密着し、皆さんがスーパーやコンビニで目にするお馴染みの状態が出来上がります。

 実はこの最終工程の後がありまして、完成した製品をビニール肩掛けバッグ”に自らの手で仕込むと云うモノです。

 ビニールバッグ内に専用の空気入れでスコスコとエアを封入して完成させます。お土産品としての見栄えと持ち帰り時にカップを破損させないための養生を両立させた素晴らしいアイディアです。最後に赤い紐を通して完成(完成品は本日最後の写真でワタシがぶら下げているモノです)。

20130302272013030228 ・・・すっかり百福ワールドを堪能した”たこちゃんズ”はもう一度パシフィコ横浜に戻って旧車の取材をし終え、東横線で高架を見るのもコレで最後であろう渋谷駅に到着。

 渋谷センター街をヨチヨチと歩いて行き「東急ハンズ」でシゴトに使う部材アレコレの買出し。久しぶりに繁華街のヒトごみに出ましたが、あー、ツカれたわぁー。なんだか渋谷の街もずいぶんとガキっぽく変貌してしまいましたね。東横線高架の跡地も、この先きっと変わり果ててしまうコトでありましょう。旧車と即席メンでスッカリ昭和を堪能した日曜日でしたが、こうして喧騒の現実世界に戻ってくると、自らの居場所の無さを感じてちょとさみし。当分の間は「あー、ムカシはよかったなぁー病(笑)」が再発しっぱなしになりそーです。

 一週間に亘ってのお付き合い有難うございました。良い週末をお過しください。

 それじゃー、また来週!

2013年3月 1日 (金)

旧車とカップメンの休日(その5)

 はい、こんばんは。今日の東京練馬は暖かかったものの、どーにもこーにも南からの強風(いや、コレはもう”暴風”ですね)が吹き荒れて、店舗のシャッターを開放しておくコトもままならない状態。コレがひょっとして”春一番”なのでしょうか。それでも、風向きがマシな時はオモテで根性の作業を続けておりましたが、夕方になると砂塵でカラダ中は真っ白です。ともあれ、当ブログの方は無風快晴であった2月24日(日)のハナシをいまだに引っ張っております。

20130301012013030102 (・・・昨日の続き)どうしても、お湯を注ぐだけで出来上がると云う”ワンアクション”にコダワリ続け(”スープ別添方式”の袋メンたちは、原初のチキンラーメンと違って、鍋を火にかけて煮込む必要がありますよね)た結果、苦闘の末に日清食品はインスタントラーメンの革命児をようやく生み出すコトに成功しました。皆さん御存知のカップ麺の代名詞、「カップヌードル」の登場(1971年)です。開発の経緯や秘話はあまりにも有名ですからここでは触れませんが、発明開発者の日清食品創業者「安藤百福(ももふく)」先生は、「ドンブリすらも用意しなくて良い」と云う、食器の調達さえも省略した画期的製品の製法特許を、後に自らの業界団体に公開しています。

 当初は類似品が百出してさぞやアタマが痛かったコトでありましょう(実際、ワタシが当時よく食べていたのは”スナックヌードル(製造メーカーは消滅)”とか云う類似品でした→喰いすぎてハラをこわした→コレはコレでチープな味わいが懐かしい:泣笑)。とは云っても、初めの頃(1972年くらい迄)、少なくとも練馬では”正規品”のカップヌードルはあまり普通に売って無かった様にも思います。

 ところで百福先生は、袋メンとカップメンの両方の生みの親であると云うコトになりますが、即席メンの枢要に関わる世紀の発明を40代の終わりと60代に二回成し遂げた事実、その執念と情熱にアタマがさがります。写真は今でも普通に売っている、オリジナルのポーク味とカレー味です。

20130301032013030104 左の写真は一見何の変哲も無いカップヌードルに見えますが、一番初期の頃だけに存在した「カップヌードル”天そば”」です。

 コレは当時、モノ珍しかったからずいぶん喰ったなぁー。以前”たこちゃんヨメ”にこの製品の思い出を語ったところ「知らん」と云うので、とりあえず「トシごまかしてるあるね?」と云っておきましたが、「ホレホレこうして”本物”がここに・・・」とここで溜飲を下げるコトが出来ました。後の「どん兵衛”天そば”」の遠い祖先と云えましょう。

 右の写真は一番最初の「日清焼そば”UFO”」です。定番となったカップメンの素晴らしいところは、舌の肥えた現代人が食しても「素直にウマい」と思える水準以上の味をキープしているところだと思います。オリジナルカップヌードルは今食べてもやはりウマい(昨日の「Ryo」さんコメント談:笑)。さすがに原初のチキンラーメンでは、いまや、ちょっとラーメンと呼ぶには憚られるモノがありますものね。懐かしい味覚だから、時々食べてみたくはなりますけれど。ともあれ、日清食品はカップメン市場と云う第二の鉱脈を掘り当てるコトによって、はじめて現在の隆盛を見たと云えるでしょう。

2013030105201303010620130301072013030108 先ほどもチラっと触れました「どん兵衛シリーズ」もすっかり定番化して現在もほとんどデザインを変えぬまま生き長らえております。この辺のデビュー時期はワタシが中学生の頃だよな。

 現在では出荷する仕向け地別にスープが数種類あるようですね。関東仕様と関西仕様を食べ比べてみるのも一興かも知れません。

 あー、「めん八珍」ってありましたね。今は売ってるのかなー。右の写真のラベルのものは、確かに食べた。

 そんなこんなで、壮大な袋メンとカップメンの展示はこの先まだまだたくさんあったのですが、ワタシの興味の及ぶ範囲が1970年代まででありますので(あー、良かった:笑)、皆さんにお付き合い頂くのもこのあたりで。皆さんも「どこまでヤルつもりなんだ?」と、昨日今日、些か辟易としていたかも知れませんからね(ホントは、この後のカップメンの時代展示の方が、よっぽどオニの様な分量なんですヨ:笑)。

2013030109201303011020130301112013030112 今度は”順路”に従って、「百福シアター」なる会場に並びます。定刻が来るまでは入場出来ませんのでおとなしく列の先頭に着きました。

 時間が来て”おねーさん”に導かれるままに、場内へと入ります。すべてが”ロッソ(笑)”な空間なのですが、なぜか結構落ち着きます。

 カブリツキの最前列中央で15分程の「安藤百福一代記」アニメを拝見いたしました。

 ”初心者”やコドモにも配慮した分かりやすさではありますが、かつて「カップヌードルの開発秘話」や「安藤百福氏のビジネスエピソード」などを綴った、いわゆるビジネス書を読み漁ったワタシにとっては、相当ウスい内容(よく纏まってるケドね)でありました。物語のラストにアッと驚く様な仕掛けがある(ワタシは上映中に場内の造りを見ながら、途中で薄々”オチ”を感じ取ってはいたのですが)のですが、”ネタばれ”になりますので、御来館時の楽しみにとっておきましょうね。

20130301132013030114 シアターのソトには、安藤御大が原初のチキンラーメンを生み出したとされる、大阪池田の自宅敷地内”研究棟(笑)”のレプリカが建っております。新横浜のラーメン博物館にもコレと同様の展示が確かあったよな。

 その創業の地、大阪池田市には、インスタントラーメン発明記念館と云う施設もかなり以前から存在し、ここ横浜のミュージアムとほぼ同じような内容らしいのですが、”たこちゃんヨメ”の大阪出身の友達が、あちらの記念館で働いていたコトがあるそうで、朝早く施設前を掃除していると、当時は存命中であった百福翁が記念館近くの本宅から散歩がてら現れては、よく声を掛けて頂いてたそうです。歴史上の偉人とお話が出来たなんて、なんとも羨ましいハナシです。

20130301152013030116 研究小屋の裏手には、当時の池田の町並みが大きなパネル写真で展示してあります。

 なんとも昭和でのどかな、心なごむ風景です。置いてあるオートバイから察するに昭和30年代半ばからちょっと前の写真だと思われます。

 シアターから一気に出てきた観客が、パネルや研究小屋周囲に群がっておりますので、しばらくヒトがひくのを待ってから、上の研究小屋写真とともにようやく撮影するコトが出来ました。

20130301172013030118 その後の順路は”パネル展示”に終始いたします。

 ここの施設は「安藤百福発明記念館」と云うのが正式なあり様ですから、百福先生の業績を辿る展示で埋め尽くされているコトにはちっとも異議はありませんが、もう少し”同業他社”との関係性(初期の対立と後の融和)などの部分を掘り下げて頂けますと、より一層百福先生の業績や人間性も光輝いて見える様に思います。まぁ、施設を企画立案したプランナー諸氏やプロデューサー氏にも色々とオトナの事情があるコトは推察いたしますけれど。

20130301192013030120 ・・・にしても、ここまではやらんでも良かったのではないかと(笑)。

 居並ぶ歴史的発明家や偉人とともに、記念写真を撮影するコーナー。アインシュタイン博士や本田宗一郎御大に取り囲まれたカップヌードルと百福先生。恥知らずなコトでは人後に落ちないワタシもここに並んで写真を撮ってもらう勇気はありませんでした。最後には大きな”金の立像”でシメ。コレも気持ちはわかるケドなぁー(笑)。

2013030121201303012220130301232013030124 最上階には、世界の麺類が気軽に楽しめるフードコートがあります。おなかがすいたのでここに入ってみました。

 どのメニューも分量が”ハーフサイズ”となっており、たくさんの種類を色々食べ比べるコトが出来る様に配慮されています。どれも一品300円。

 インドネシア、中国、タイ、ベトナム、イタリア、韓国と、各地のお国柄に合わせた可愛い売り場がディオラマ風に並んでおります。

 ちなみに”たこちゃんズ”はインドネシア、中国、タイの三品をセレクトしてそれぞれ半分ずつ食べてみました。どれも失礼ながら意外に本格的で、ついついおかわりをしたくなっちゃいますね。とても美味しかったですヨ。フードコートの隣には、カップヌードル工場内を模したコドモ用のアトラクションコーナー(料金別途:300円)がありましたが、今回はパスいたしました。

20130301252013030126 薄明かりのフードコートから目の前のバルコニーに出ますと、横浜の海が広がっております。カラーい”トム・ヤム・クン”のスープを全飲みした後でしたので、風が心地よく感じられました。

 おなかもいっぱいになったところで、そろそろ”製造工程”に従事する時間が迫ってきた様です。階下に降りて出番を待つコトといたしましょう。いよいよ明日は本篇の最終話です(長かったなぁー:笑泣)。お楽しみに。

 それじゃー、また明日!

2013年2月28日 (木)

旧車とカップメンの休日(その4)

 いよー!よくよく考えたら(いや、考えなくてもフツー分かると思うが:笑泣)、今日は2月もラストデー。さっきお正月を迎えた気分であったのに、明日からは3月ですか・・・フー、なんか本当に年初から「匍匐前進」を強いられた二ヶ月間ではありましたなぁー。「旧車の神様」がもしいらっしゃる様でしたら、何卒この哀れな三兄弟にお慈悲を(懇願)と願わずにはおられません。ここのところ、もう毎日がずるずるとハマり作業の連続になっており「匍匐の上、さらに逆風で豪雪」と云った体。まあ、”明けない夜は無し”、夜明けは近いかな(笑)。桜咲く春も目の前ですし、ここで一気に頑張ってまいりましょう!

20130228012013022802 ・・・さてさて、昨日の続きから。日曜日、ちょうどお昼前のひとときには、一旦パシフィコ横浜を離れ、すぐ近くに位置している当所にやってまいりました。

 「カップヌードルミュージアム~安藤百福発明記念館」と云うのがこの施設の正式な名称です。昨年のノスタルジック2Days来訪時にも、ココの前は通りましたが、午後の遅い時間であったために入場はいたしませんでした。開設したばかりで、マスコミが取り上げるコトが多かったこのミュージアムも、一年経過して少しは落ち着いているかなと、まずは入場してみるコトにいたしました。玄関口は広大な天地空間が広がる「もったいねぇー」ほど無駄に広々としたムードです。ただし、ものすごく気分の良い空間である事も確か。”ここは、近代アートの殿堂ですよ”みたいな造りは、さすがにミュージアムを標榜するだけのコトがありますね。いやが上にも期待が膨らみます。

20130228032013022804 ”たこちゃんヨメ”は入場券を買いに並びます。日曜日のお昼前とあって、団体の観光客もバスツアーなどで次々と訪れています。玄関付近は結構な数の人々でごった返している様です。

 入場料は大人500円(税込)。企業モノの博物館の多くは無料であるコトが多い(しかもお土産付だったりもする)のですが、サスガは商人の街:大阪の企業らしく、商いはウマいモノです。一等地で自社の宣伝をしながらチャッカリ入場料は頂くのですからね。お土産も”別腹”。その分、施設にお金と人員がものスゴク掛けてあると云うのが素人目にも分かると云うところも特徴的ではあります。

20130228052013022806 コレを見て、御家族連れでイッてみようと思うあなたのために、コツ(と云うホドの事も無いけれど:笑)を伝授しておきますと、入場したら、まずは真っ先に3階フロアに上がりましょう。

 ここには、かの有名な「カップヌードルファクトリー」があります。自分オリジナルのカップヌードルをその場で製造してお持ち帰りになれると云う、この施設で一番の目玉スポットです。テレビなどでもたびたび登場いたしました。とにかくも、”ファクトリー”への入場整理券をまずは人数分貰っておくのが、当所に来て真っ先になすべきコトです。

 20130228072013022808

 整理券を入手したら、あとはファクトリーへの入場を指定された時間までの間、館内を自由に廻りましょう。

 ・・・とは申しましても、”コノ手(ドノ手?)”の昭和文化ネタに御興味のウスい方には、ハッキリ云って面白い展示はほとんど無いと断言出来ます。一方、”ソノ手が大好き”なあなたは、ここに住みたくなるコト請け合いでありましょう。ちなみにワタシが”住んでもいい(笑)派”であるコトは論を待ちません。

20130228092013022810 ・・・と、云うワケで、即席ラーメンの歴史標本とも云うべき超絶怒涛の展示コーナー。その展示品の数々をひとつひとつ吟味してまいりましょう。当日、こんな写真の撮り方をしていた野郎はワタシ以外に居るハズもありません(笑)。

 たったひとつの”発明品”、原初のチキンラーメン(左写真)から始まった日清製インスタントラーメンの歴史。年を経るごとに枝葉を出していく有様が、ビジュアル的、立体的に表現されているスペースです。右の写真には「千金蕎麦」とあります。「せんきんソバ?」いやいや、おそらくは「チキンソバ」と読ませるのでしょう。”一攫千金のチキンそば”といった、大阪流のシャレなのではないかと思います。創業当初の製品だと思いますが、その後見ない(少なくとも東京では)様な気がいたしますので、”濡れ手に粟”とはイカなかったのでしょうね。

20130228112013022812 あぁ、この商品「チキンラーメン・プラスカレー」のテレビCMを、懐かしのテレビ番組を取り上げて面白がる趣向のバラエティ番組「テレビ探偵団(この番組自体が既に懐かしの番組になっちゃってますが:TBS系)」内の「懐かCMコーナー」で取り上げられていたのを見たコトがあります。ラーメンとカレーのカップリングはかなりハヤい時期から模索されていたと云うのが、この製品の存在から分かります。関西方面の方で、当時コレを喰った経験者の方々からどのようなお味であったかを伺いたいモノです。

20130228132013022814 そして、”冷麺”と云う発想も登場しています。「チキンラーメン・ニュータッチ」って・・・関東には「ニュータッチ・ヌードル」と云うのが日清食品とは無関係に存在し、「♪いっちどおぼえたアノ味はー、ニュータッチヌードル。シオかショーユかショーユかシオかぁー、うまいヌードル、ニュータッチ!!」っつーコマーシャルがコドモの頃には夕方の時間にたくさん流れておりました。商標権を買い取ったのかなあ。そして、”和風”にもチャレンジしています。おそらく”純正しょうゆ味”を狙った製品でありましょうが、関東には「サッポロ一番しょうゆ味」と云う極めて強力な存在がありますので、コレも定着しなかったモノと思われます。

20130228152013022816 このあたりで、インスタントと云うには、ちょっと面倒くさい製品が登場してまいります。

 「日清焼そば」は現在でも売っている超ロングセラー商品。一旦フライパン上で湯がいた後に、水分がトブまで炒めなさいよ、と云ったまどろっこしさは、だったら、はじめから生メン炒めた方がハヤいしウマいのではないかと思わせるのですが、生メン焼きそばとはまったく別種の食い物として定着している様です。発売当初からキャンプや川原でのバーベキュー大会などでの使用をアピールしたテレビコマーシャルを流していたので、保存性の良さや重量の軽さ、乾き物ならではの携帯性の良さも製品のアタックポイントとなっていたのかも知れませんね。「♪にっしんやきそば、た・べ・よっ!(キダ・タロー先生作)」

20130228172013022818 なんとか、チキンラーメンの次の大型商品を開発したいモノだと、様々な試行錯誤を繰り返してきているのが、ここまで見ても伺えますが、日本蕎麦方面もあきらめていない様子ですね。

 焼そばの方も、”味アップ”と称する別添調味料で、存在感をキープしようと懸命です。パッケージの右側に立つ野球帽の少年は「ちびっ子」と云う名前です。1960年代後半に製造された同社製品にはパッケージのどこかに大概この絵が描いてあります。当時同社提供の人気番組”日清ちびっこのどじまん”において「ぼくの名前をつけてね」とわざわざ大キャンペーンを張って、結局付けた名前が「ちびっ子」ですからね。視聴者をナメとんのかぁー(まぁ、あたりさわりが無いわな:笑)。

20130228192013022820 あぁ、ついに来るべきところに来たと云いましょうか。

 やっぱ、ラテン系にも手を染めてみようと送り出したのが「スパゲニー」ですか。どのような味であったのかと興味は尽きませんが、おそらく現在は売ってなさそうです。「SPA王」の遠いご先祖だよな。

 そして、本格派を目指し過ぎて失敗したのが、「生中華」。結局自社の主力商品の否定にしかなり得ませんでした。今でこそ「世界の日清」と云うイメージの強い同社ですが、まだまだこの時期には磐石とは云えない”いまだ創業10年”の企業体です。昭和30年代終盤に登場した”スープ別添方式”の後発他社製品(サッポロ一番とか明星チャルメラとかエースコックのワンタンメンなど)に人気を奪われ、本家は苦戦しておりました。

20130228212013022822 手を替え品を替え・・・ようやくたどり着いたのが、この現在にも残る「出前一丁」です。

 ワタシ、コレが発売された時には、あまりにもテレビコマーシャルをヘビーに放映するので、熱病にうなされるかの如くにこのラーメンを食するコトを渇望しておりました。「♪あーらよ、でまえいっちょーーー(キダ・タロー先生作)」のサウンドロゴはあまりにも有名です。時代とともにアレンジこそ色々変化してますが、現在でも使われているようですね。それまで「サッポロ一番しょうゆ味」しか食べたコトが無かったワタシにとっては、ゴマの風味は衝撃的にインパクトがありました。もう、学齢期に達するまでのしばらくの間は「出前一丁」しか食べなかったです。同社としては、”スープ別添方式”での初めてのヒット作となりました。原初のチキンラーメンから10年掛かったワケですね。

20130228232013022824 この辺に来ますと、段々とパッケージも垢抜けてきた様に思います。

 元祖チキンラーメンは、その登場時期が早かったためにパッケージデザインは相当古めかしいモノでありました。

 時代の変遷とともに、少しずつではありますがモデルチェンジをしていたものの、後発他社製品の工夫を凝らしたパッケージやコマーシャル戦略の前に後塵を拝していたのは否めません。

201302282520130228262013022827201302282820130228292013022830 その後も、チキンラーメンのリニューアルを繰り返しつつ、ヒット商品の「出前一丁」にあやかった”味のバリエーション展開”も色々と試みられた様ですが、当時の東京では売ってるのを見たコトがありません。

 やはり、関東地方では、群馬を創業の地とする「サンヨー食品」と「明星食品」が圧倒的に優位にたっていたのだと推測されます。この時期には”マルちゃん印”「東洋水産」も台頭してきました。

 まぁ、「サッポロ一番」のしょうゆ、みそ、塩は現在でもインスタント袋メン市場では”超定番”の製品ですからね。サンヨー食品の定番三兄弟はどれも飽きのこない味。そして、あらゆるチューンナップに対応する可能性を秘めた味ですよね。この牙城を切り崩すには、結局のところ”味”で勝負するしか無さそうですが、味の好みには地域性がありますので、全国展開ともなりますと、各地の嗜好性に合わせるなどの配慮も必要になってまいります。”発明者”にして”元祖”の威信を賭けた日清食品の次の手は・・・緊迫の次号を待て(少年ジャンプ風:笑)!

 それじゃー、また明日!

2013年2月27日 (水)

旧車とカップメンの休日(その3)

 皆さん、こんばんは。えー、このブログはマセラティ専門店のマイクロ・デポ株式会社がお送りしている「マセラティでイッてみよう:2」と云う表題のサイトですが、ここのところ、ちーともマセラティでイッてない様な気もいたします(笑泣)。ここ数日のコメント欄は”常連コメンテーター四天王”を中心にした方々がどうにか支えてくださっている様子で、今日はさらにコメントしにくい様なネタばっかしを並べますので、コメントが”0”になってしまう日も、そう遠くは無さそうです(泣)。

 しかしながら、ここひと月の平均閲覧者数は、一日あたり323名、ページビュー数で1334回となっておりますので、一年前あたりと比べますと全体的に3割ボリュームアップといった感じです。毎日御覧になってくださっている皆さんのご支援にも深く感謝いたしております。

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 ・・・と云うワケで、”不評(笑)”の国産旧車ねたは今日も続いてしまいます。

 はい、左のクルマ。カラダ中の灯火をビカビカさせておりますが、往年の刑事ドラマ西○警察の劇中車を模したモノ。ブースで掛かってたBGMは当然コレ(音出ます注意:笑)。とは申しましても、一般常識としてのドラマの大体のなりたちは知っていますが、当時はキチンと視聴したコトの無いドラマなんですけどね。ワタシ、ドンパチ系はちょっと苦手なもんで。

 翻ってお馴染みトヨタ2000GTの前期型。前にも書きましたが、このクルマは断然目ん玉の大きな前期型に限ります。この会場内はイジョーな世界なので、単一品目(っつーか、車種)では、ダントツでこのトヨタ2000GTの台数が揃ってました。キチンとは数えてなかったけど、この写真のブースだけでも、白・赤・緑と3台並んでました。最低でも全部で8台くらいは居たんじゃないかなぁー。こうなってくると有り難味もへったくれもありませんが、”レストアベース車(エンジン掛かるけど、内外装は結構キテる)”で金2800万円からだそーです。ここまでくると、もはや文化遺産的な扱いになってます。

20130227032013022704_2 「♪ひっとのいぃーのちぃーわぁーつっきるともー、ふめーつぅーのちからぁー、まじんがぁーづぇっとぉー(音出ます、注意)」・・・に出てくる悪役側幹部に”あしゅら男爵”という方がおられましたが、そんなのを知ってるヒトは間違いなくトシあるねであります。ワタシは今でもこういった、”左右を縦に真っ二つにした”レイアウトのディスプレイを見ると、ついそのアニメの悪役スターを思い出してしまうのです。マツダポーターキャブの片側半分だけに内外装レストアを施したと云う、インパクト抜群の展示ではありました。

20130227052013022706_2 ああ、また箱スカGT-Rね・・・と思いきや。”マー坊(スズキマイティーボーイ)”でしたぁー(笑)。

 その隣に本物が居るところも御愛嬌。グリル周辺など結構良く出来てマスよね。

 ソレにしても、世の中には色んなコトやってるヒトたちがいるもんですね。当然のコトながら、本物より衆目を集めてしまっていたのはコッチの方です。

20130227072013022708 まあ、ここは外車屋がやってるブログですから、そっち関係もとりあえず載せておきましょう。

 とは申しましてもこの会場内での外車はなにかヒッソリとしていて、慎ましいものです。

 ディノとエラン。どちらも端正で美しく静かに並んでおりました。この会場内では時々こういうのも見ておかないと、目がトレそうになりますからね(いやホント、ワタシはほとんど無視して写真も撮ってないけど、実は”往年の族車(や、そのベース車)”みたいなのばっかりなんですから、ココ:笑→「練馬のH」さん、すみません)。

20130227092013022710_320130227112013022712_2 はい、ここからは、当ブログの最年少常連コメンテーターとして御馴染みのkkmustangさんへの「大学卒業・大学院入学おめでとう」プレゼント(笑)。プリムス・バラクーダ・クーダ。

 70年代のフラワームーブメント感が噴出している様な、ライムグリーンはワタシの大好きな色。

 フロント周りの防眩塗装、リアウインドーのルーバーや、リアスポイラーなどブラックフィニッシュも全体的な統一感があって、大柄なボディを引き締めております。AARクーダストライプもキマっておりますね。このクルマは、そのデカさとハデさで会場内でもかなり異彩を放っており、常にヒトが周囲に群がっているので、なかなか写真を撮るタイミングが掴めずに、何度も行ったり来たりしながらようやく撮影したモノです。

20130227132013022714_2 ・・・で、ここからは、またまた国産旧車に戻ります。

 このイベントを主催している出版社の刊行している自動車(旧車)雑誌2誌の読者が選んだと云う10台(ホントはあるはずの戦前ダットサンセダンが、居ませんでしたので実際にはこの時点で9台)が赤ジュータンの上に整列鎮座しておりました。まずは、昨日もお届けしたトヨタスポーツ800、まぁ、とりあえずは順当なところであります。

20130227152013022716 うぉー、こりゃ”ある意味”スゴい。茨城のピーナッツ屋さんの社用車として(おそらく)現役で使用されているのでしょう。ニッサンプリンスクリッパーですね。

 このトラックは独特のグリルが個性的ですが、子供の頃、なぜかウチの近所にやってくるバキュームカーがコレで、ソレがなんだかとてもコワかったのです(よく夢に見た:笑)。コレの子分にホーマーと云うのもあって、そっちは”快獣ブースカ”みたいな顔してて可愛いんですケドね。

20130227172013022718 230系セドリックとベレットのセダン。

 セドリックの方は、コレの兄弟車であるグロリアが、当時の我が家にありましたので、まあ懐かしいです。但し当時もあんまり好きじゃ無かったですケドね(我がオヤジは30代後半でコレに乗ってましたから→コドモ心にそんなに老成してどーすんの?って思ってました)。当時は2600CCと云えば大排気量と云うイメージでしたので、グリルに輝く金バッジもヤケに誇らしげです。今の目で見ると存外に小さいですね。ベレットの方は、いすゞが乗用車生産をヤメてしまったので、今となってはモニュメント的な価値を感じます。ワタシのアパートのすぐ近くにあるいすゞのディーラー工場には、大型中型のトラックに混じって、117クーペや初代ピアッツァが置いてあるのを時々見掛けます。散歩の途中でこういうの見るとちょっとウレしいものですね。

20130227192013022720_2 メルセデスのSLと30系カローラですか。ある意味SLは欧州旧車の王道を行く存在ですから、ここに選ばれているのもむべなるかな。

 確か30系時代のカローラ&スプリンターは異常なほどに多彩なプラットフォームが用意されていて、2ドア車型だけでもファストバッククーペ、ハードトップクーペ、ハッチバック(トヨタ流に呼ぶとリフトバック→形態イメージはほぼワゴンでランチアベータHPEみたいなカタチ。オリジナルのランチアベータがそもそも”RT40系コロナ5ドアセダン(RT56:名前はセダンだけど、事実上はハッチバック)”にそっくりなので、発想の本家はトヨタの方だと思われる。)、ノッチバックセダンと多彩なバリエーションがありました。当時でもそんなに多くは走ってなかった様に思います。プレーンでワイドなフォルムは嫌味が無いので、これも今見ると結構新鮮ではあります。

20130227212013022722 まぁ、よーく考えると、このあたりもしっかり旧車なんだよなぁ。

 自身がリアルタイムで経験し、当時身の回りで幾らでも走ってたクルマは、どーも何年経っても旧く感じられないのが不思議です。一瞬ココロの中では「こんなの普通に中古車ぢゃん」と思ってしまいましたが、よくよく考えると30年ほど前のクルマたちなんですよね。ワタシの青春時代のクルマが30年落ちだなんて、今さらながらにこの事実には相当な衝撃を受けました。

20130227232013022724 あー、このスカイラインも同級生で高校出たら速攻で新車買ったヤツがいたなぁー。ソレも2000RSで、とっても羨ましかったモノです。

 爾来星霜30年。翻って考えると、マイクロ・デポの日常もたいがいイジョー(笑)な状態なのですね。常時10年落ち以上が普通。コトによると30数年以上も前の”カタログ写真から抜け出てきた様な”イタリア旧車に囲まれておりますヨ。しかも、それがマセラティであったり、フェラーリ、ランチアであったり。いまや、ワタシもお客さん方もモノすごく恵まれた星のもとにあるのかも知れませんよね。今や”若い頃の熱き想い”をそれぞれに達成出来ているんですから。あな有難や、ありがたや。

 ・・・一服したくなりましたので、階上に出るコトにいたしました。右手に再入場用の確認スタンプを押してもらい、オモテの空気を吸い込みます。2013年のみなとみらい、今日は快晴です。

 それじゃー、また明日!

2013年2月26日 (火)

旧車とカップメンの休日(その2)

 今日は朝こそ寒かったけど、午後は比較的過ごし易い一日でしたね。天気予報によれば、明日からの東京は最高気温が15℃になる見込みとか。もうすぐ2月も終わりますが、桜咲く春本番がすぐそこに来ていると思うと、ちょっとウキウキとしてまいります。夕方には「キャラミのUさま」がまたまた”抜き打ち(いつもそう:笑)”での御来店。毎度ながらたくさんのお土産に感謝いたしておりますヨ。今度一緒に飲みましょうね(喜)。

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 ・・・さてさて、日曜日の横浜。当会場は、ジジイたちの熱気でムンムンしております(なんか、ヤダけど:笑)。

 ああ、左の写真、ここのところ当ブログでも何かと話題の「真っ金金」なケンメリです。コレはワタシが中学生の頃に、地元の日産プリンスディーラーで新車時の状態を見たコトがある特別限定車です。フロントグリルにも金バッジが輝いておりますが、コレもオリジナルの状態です。カッチョいいと思うかど-かは、皆さんの美意識に委ねます。右は日野コンテッサのリアビュー。リアエンジン車なんで、こうして後ろにグリルがあります。ルノー4CVのライセンス生産が源流のクルマです。ワタシ、このクルマの設計に携わった日野の重役さん(故人)と懇意にして頂いていた頃、色々とコンテッサの秘話を伺いましたが、「まぁー、ヒドい車でね(と、ここでヒタイを叩く)、ぜんぜん冷えないの、エンジンが」「だいたい、アレ(コンテッサ)はルノーそのものだからね。上(当時の重役)がどうしてもコレ(ルノー流のエンジン搭載方法)でいけって云うから、仕方なくやったケドね、どうみても成功とは云えなかったなぁー。今となっては我が社にとっては痛恨事ですな。わっはっは。」ですって(笑)。

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 いやー、左の写真をご覧になってください。雪の結晶がヘバりついた様に見えるウインドーシールドは遠目に見ても圧巻でしたが、こりゃまた一体どうしたワケなのでしょう。

 カッチョいい、価値あるニッサンフェアレディZ432ですね。せっかくだから直してあげたいようにも思うのですが、直さないのには理由がありましょう。きっと、コレ”432R”本物なんですね。発売当時、レース出場を前提とした顧客にしか販売されなかった(確か、ライセンスの提示を求められたとか)と云われる伝説のクルマ。徹底的な軽量化のために、フロントウインドー以外はすべてアクリル製だったので、経年で御覧の様な状態になってしまったモノと推測されます。ここは確かに、普通のガラス化は憚られるかも知れませんね。かと云って、このアクリルウインドーの純正デッドストック発掘はキビしそうだモンなぁー。

20130226062013022607_2 もしも、この個体が本物だとすれば、歴史遺産級の価値があります。そもそも、レース出場を前提にされたクルマなので、こうしてオリジナルを保った個体の残存数は極めて僅少だと思われます。

 ワタシ、Zカー研究家ではありませんので、あんまり詳しい御説明はいたしませんが、反射防止の黒塗りボンネットもその特徴のひとつであったと記憶しております。ニッサン(プリンス)R-380由来のS20型エンジンは丁寧に仕上げられており、好感が持てました。

2013022609_22013022610 今日の会場は、オリジナルZカーの姿がヤケに目立ちます。

 当時ナンバーの”品川55”をつけたモノ。タコ足エキゾーストも美しい、S20エンジン。こうして見ると、ワタシ、結構好きなのに、フェアレディZには縁遠い人生を歩んできてしまいました。アメリカでは、今現在もコアなファンが多くいらっしゃるそうですが、そういった方々の間では、日本国内でしか売られなかった”ニッサン432”、どのような評価をされているのでしょうね。

2013022611_22013022612_2 ああ、ようやく「モチベーション②」を発見いたしました。昨日御紹介したニッサンR-381とともに、当イベントの特別展示車輌です。

 どこかで見たコトあるよな、無いよなこのお顔。そして、このおしり。トヨタスポーツ800のプロトタイプとして知られる”パブリカスポーツ”のパーフェクトレプリカです。数年前に何かのテレビ番組で、このクルマの再生(というか、再製作なんだけど)プロジェクトの話題を放映していたのを見たコトがありました。当時の技術者の方々が、当時の図面を元に造り上げたワンオフです。

20130226132013022614 まずは独特のスライディングキャノピーが目を引きます。

 各部のモール類などは、まさに一品製作のカロッツェリア芸を彷彿とさせる繊細な造作です。

 残念ながら、このキャノピーをスライドさせた”開状態”を見るコトは叶いませんでした。全体的なフォルムは1950年代の日本人が彼の国を偲んで一生懸命に考えた”エアロディナミーカ”と云った趣き。当時の審美眼をもってしても”クラシカルな未来(なんじゃ、ソレ:笑)”をデフォルメ表現している様に思えます。そのまま本家ミッレミリアに持って行ってもまったく違和感を感じさせないのではないか、と云うほどに、洗練と混沌が入り混じった様な、無国籍、ノンジャンル、異次元的ルックスです。コレは、さすがに素晴らしい!

20130226152013022616_2 ・・・と云うワケで、本日も、これを題材にした動画を作ってアップしておきました。

 このプロトタイプ車と生産型スポーツ800をアレコレと比較しながらお楽しみ頂ける様にしてあります。

 当ブログの特性上、国産旧車ネタには、今ひとつ”喰い付き(笑)”が悪い様ですが、まぁ、自分の国にもかつてはこういったクルマや、これを造り上げたマエストロたちがいらっしゃったというところにも目を掛けてみてくださいな。コレも間違いなく自動車文化史の”ヒトこま”なのですから。

 トヨタパブリカスポーツのYoutube動画

(マイクロ・デポのマセラティチャンネル:音出ますご注意を!)

 それじゃー、また明日!

2013年2月25日 (月)

旧車とカップメンの休日(その1)

 はい、こんばんは!今日は午前中の「テツヲタ」さん来襲(笑)から始まり、一日中来客がありまして、途中でこちらの商談が佳境に入っていたために御一方お相手が出来なかったお客さんがいらっしゃいましたのが、非常に心残りなのですが、もしこの記事を御覧になっていらっしゃったら、本当にゴメンなさい(ペコリ)。少人数運営に付き、事前の御予約を頂いておりませんと、このように満足に御対応が出来ない場合がございますので、大変申し訳ありませんがよろしくお願い申し上げます。

2013022501201302250220130225032013022504 ・・・さてさて、昨日のハナシ。

 せっかくの日曜日だと云うのに、”招待券”貰っちゃっていたので、やっぱりイカなきゃならんのだろな、と半ば義務感でAM6:30に目覚めたワタシ。

 「うー、今日はもう、カラダの節々がイタくて限界だわ、やっぱヤメとこうかなー。オモテはなんだか寒そうだし。」と逡巡するコト一時間。「そんなにツラいなら、ヤメとけばぁ。」とツレないヨメ。

 このままマケるのもシャクなので、なにか、どうしてもイキたくなるモチベーションの源泉を探して、今さらながらに”公式サイト”を確認してみるコトに。・・・「あっ、やっぱイカなきゃ。(ウレしいような、カナしいような:笑泣)」

 AM8:00ジャストに土支田のアパートを出発。土支田一丁目バス停から、石神井公園始発の”石02”系統バスで東京メトロ地下鉄成増駅へ。

 ・・・便利な副都心線は、あっと云う間にたこちゃんズを渋谷へと運んでくれました。大体、成増なんかから、そのまま渋谷に直通でイケると云うコト自体、”驚異の世界(笑)”。真新しい副都心線の渋谷駅から、東急東横線の階上ホームへ向かいます。改札を抜けると、やけにカメラを構えて写真を撮っている人々が多いなと思い、「なんかあったの?」とヨメに尋ねますと、「3月16日から、副都心線がさらに東横線に直接乗り入れになるから、このホームもうじき無くなっちゃうのよ」と申します。「ふーん、ぢゃ、さっそく撮っておかなきゃ」とホームのあちらこちらを撮影するワタシ。ちょうど”特急”と表示されているのがもうじき発車とのこと。コレ乗って、どのくらいで到着するのかなぁ。

2013022505_42013022506_4 ・・・たったの25分で着きましたヨ、”みなとみらい”に。

 東京の北のさいはて練馬区土支田旭町界隈から、ジャスト90分で、みなとみらい駅の階上に出るコトが出来ました。横浜方面の皆さーん!と云うワケで、3月16日以降は、マイクロ・デポへの電車でのアクセスがもっともっと便利になりますヨ。その場合は特急がいい。”横○駅”や自○が丘駅”や”中○黒駅”はこの際「素通り」して、どうかそのまま成増までどうぞ(ウチ、城南地区以西のお客さんがホント悲しいくらいに少ないモンで:笑泣)。

20130225072013022508 みなとみらいの駅からオモテに出ますと、目の前にはコスモクロック21が建っております。翳している”くまちゃん”は、日常的にワタシが愛用しているキーホルダーなんですが、ヨメが云うには、結婚する前だか、した直後だかに当所を訪れた時、「ココで買ったのよぅー、忘れたの?」とのコトで、とりあえず記念にパチリ。5分も歩くと、そこいら中を”変態なクルマたち”が走り回っているエリアとなりました。

20130225092013022510_2 下を覗くと、駐車場の入り口なのですが、ここがもう、”変態さんいらっしゃーい!”状態です。

 ここに10分いただけで、”SR311”とか、”カウンタッククアトロヴァルヴォーレ”だとかが普通に行き来してました。まぁ、来ちゃったイベントが昨年同様の「コレ(右写真)」ですから、いたし方ないのかも知れません。こんなところに電車でキテる”旧車屋のオヤヂ”はある意味ホントーに可愛そうな存在でありますヨ(泣)。

20130225112013022512 別に気合をイレて朝一番乗りを果たそうなんて思ってなかったのですが、存外にハヤく到着してしまったために、”開門前渋滞”に並ぶハメとなりました。

 入場口には御覧の様にヒトの波が行列をなしております。はるか向こうの”行列最後尾”にまずは並ぶコトにいたしました。なんだか、昨年も思ったケド、年齢層が高いよな、ココ。皆”ムクツケキ”オヤぢばかり。ワタシもそうなので、コレもいたし方ありませんが(泣笑)。

20130225132013022514 ・・・で、”突入”であります。

 さっそくお出迎えの”名車群”ですが、ワタシにとってはいずれも目新しさは無いので「はいはい、わかりました(笑)」と云うお馴染みの布陣。

 一応、記事にならないとイケないので、なんか書いておきますと、左がトヨタ1600GTで、右がケンメリGT-R(本物)です。皆さんも、よーく御存知だと思いますので、詳しい解説は割愛とさせて頂きます(笑)。

20130225152013022516 ”以下同文(笑)”の2台。27レビンと240ZGですね。

 ひとつだけ感銘を受けたのは、ホイールがオリジナルのドテチン”鉄ホイール”で、ホイールキャップもチャンとしてるところ。とは云え、70年代テイストが横溢するクルマたちではあります。その又隣にはミゼットMP型が見えてますが、もう、いいや。次イッてみよー、次どーぞー(いかりやの声で:笑)!

201302251720130225182013022519201302252020130225212013022522 会場内をランダムにブラブラ歩いておりますと、発見いたしましたヨ。本日の「モチベーション①」がこのクルマ。

 「ニッサンR-381」であります。まっ、まずはコレ目当てでここまで来たと云っても過言ではありません。目に入った途端に、カラダの疲れもぶっ飛びました(笑)。

 1968年の日本グランプリ優勝車(ちなみに、この年のニッサンは1・3・4・5・6フィニッシュ。ちなみに2位は生沢徹さんのポルシェカレラ910:ゼッケン28:タキレーシングチーム車)は、子供の頃からタミヤ1/18チャレンジャーシリーズで何個も作ったと云うハナシを、従来もこのブログの端々で開陳してまいりましたが、ようやくここで、その現物との邂逅が実現したワケでございます。

 まあ、御興味の無いムキには、まったくもってどーでもいいクルマなのではないかと思いますけれど(笑泣)。ニッサンのくせに、エンジンが自社製で無いと云うところも、国産旧車マニアにはユルせないところかも知れません。シボレー大排気量V8を強引にミッドに積んだ「必勝マシン」であります。

20130225232013022524 一大特徴は、リアサスペンションの上下動に従って、後部ウイングの角度が変化する”エアロスタビライザー”機構。

 左の写真が、その肝要な部分を接写したモノですが・・・うー、あんまり良く見えてませんね(泣)。続いて右の写真は、ハッキリと浮き出し文字が読めました、英国ヒューランド製トランスミッションを搭載してあるコトが分かります。なんか、外車好きには、なかなかオツなセレクトでしょ。

20130225252013022526 それでも、ノーズに輝くニッサンのエンブレム。ダレがなんと云おうと、日本製のマシンなのだと主張している様です。

 会場では、当時ニッサンチームのワークスドライバーであった北野元さん(このマシンで優勝を飾った御本人)と、かの星野一義さんのトークショーと云うのも行われておりました。あまりにも黒山のヒトだかりであったので、詳しい内容は良く聞えませんでしたが、動画の方にはどうにか撮る事が出来た数葉を一瞬混ぜてあります。向かって左側の方が北野さんです。では、どうぞ。

 ニッサンR-381Youtube動画

(マイクロ・デポのマセラティチャンネル:音出ますご注意を!)

 実は、まだまだ先は長いんです、今日のこのネタ(ウレしい様な、カナしい様な・・・)。

 それじゃー、また明日!

2012年2月29日 (水)

Nostalgic2daysに行ってみたヨ(その3:完結篇)

 朝、目覚めると、外は「普通に雪景色」でほとんどスキー場状態の東京練馬。都心部で「2センチ」と云ってる時は、練馬では「5センチ」。都心部5センチ時は、練馬10センチ。都心部10センチなら、こちらは30センチといった感じでなぜか練馬の降雪量は他の東京と違うような気がするのは気のせいでしょうか。とにかく、正午前には既に10センチは降り積もっていました。ここのところ、「納車直前モード」に仕上げてあるマセラティたちが数台いるので、外に出すことは出来ないし、動かすことも叶わずに今週も週末に向けて作業の段取りには相当「無いアタマ」を悩ますコトになりそうな雲行きです(泣笑)。

 さて、嘆いてばかりいても始まらないので、今日も昨日の続きを元気よくイッてみましょう。

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 はい!「イベントの華」たちですよー。左はトヨタ2000GT速度トライアル車(レプリカ)。写真を拡大するとわかりますが、フロントフェンダーサイドに貼られた「デンソー」の旧ロゴが懐かしいです。

 トヨタ2000GTは、この会場内に一体何台あったんだろうというくらいに単一車種では目に付きましたね。右の写真部分だけで、8000万円くらい?・・・ワタシは家のローンを一括返済する(そして残りは老後の生活費にする:笑)。

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 ニュートヨタ7です。さっきのトライアルカーとともに、きっと名古屋のトヨタ博物館から借りてきたんでしょうね。

 フロントオーバーハング、ノーズコーンサイドには、ヤマハ、ダイハツ、日本電装(当時)とトヨタ関係各位のロゴが並びます。

20120229432012022944_2   2000GTやニュートヨタ7と云えば、ムカシの「トミカ」にありましたよね、コレ。ワタシ、親がニッサン党だったもんで、同じくトミカのニッサンR-382とトヨタ7をそれぞれ両方の手で走らせながら、「紆余曲折ありつつも、結局最後はR-382が勝つ」という本格的シナリオの「幻の日本グランプリ」レースごっこをよくやってました(笑)。2000GTと432と240ZGとハコスカとRX-3のバトルも友達とやってたな、コレはスーパーカーブームの頃に(って、中学生がヤルか?ふつー)。

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 2000GTから、総排気量を400cc引いただけで、コレになっちゃいます(笑)、トヨタ1600GT。現在の価格は「イベントの華」の十分の一。

 さらにそれを2で割るとスポーツ800。現況価格八分の一(笑)。・・・何かがクルっとる。「旧車算数」は、解を導き出すのがとても難しいのです。それにしてもヨタ8、文句なく可愛いな。

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 トヨタの「旧車イベント道」は、車種構成が広範で、当時の販売台数も多かったわりに偏っています。①:2000GT、②:ヨタ8&空冷パブリカ、③:クラウン、④:86(もちろん「頭○字D」の方の)、⑤:27、⑥:ヒトくくりにコロナ・(同マーク2)・セリカ・カリーナ、⑦:ソアラ初代・GX系(マーク2・クレスタ・チェイサー)と残り全部の衆(笑)といった感じがします。ここに挙げた写真のクラウンピックアップトラック(トヨペットマスターライン)などは、主流の中の傍流ですが、今の目で見ると「うすらカッチョいい(笑)」ですね。まっ、シャコタンは頂けませんケド。

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 左はブリブリに仕上がってる86のエンジンルーム。

 右はスバルR-2の後期フェイスです。「売約済」の札がありますように、ここは、その場で旧車を売っていたりもするイベントなんです。このなんとも云いようのない色がなんとも云いようがない(あやうく下品方向にイッてしまいそうになった:笑)。

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 トレードショーである、このイベントにおいては、なんとなく「軽」がその名の通りに軽んじられている感じがしたな。思えば確かに商売にはなりませんからね。

 左は三丁目の夕日仕様に仕立てられたミゼット君。右は未再生原型可動車。右の本物からは当時の生活の息吹まで伝わってまいります。

 他にはマツダR360クーペ、スバル360などありました。スッカリ70年代は無視ですかぁー。スズキ車もほとんど(いや一台も?)無かったように思う。ああ、三菱も目に入らんかったなぁ。ダイハツ「はぁ?」、日野?「うー」。

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 続いてこちらは「ニッサン系イベントの華」スカイラインさんたちです。

 プリンスS54系は、旧車マニアにはいまだに高い支持を得ている模様ですが、いまや「対象年齢:55才以上のお子様(笑)」といった感じになっちゃってます。右写真の日本グランプリ仕様など、たいへん良い出来です。どちらも「一ケタナンバー」が当時のままに付けられていました。素晴らしいコトです。

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 左は、ケンメリGT-R発売時の宣材としてよくパンフレットやポスター等に登場していたイメージモデルですね。当時の本物なのか、それのレプリカなのかは確かめていないので分かりません。

 右は、未再生原型車を称するハコスカGT-Rのエンジンルーム。カムカバーはメッキしないでください(笑)。クルマのすぐ傍らに、日産純正デッドストック新品のカムカバーが麗々しく展示してありました。それも買わなきゃね、ということなのでしょう、きっと。

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 フェアレディZ432R「本物」です。さすがにコレは参考展示で売りものではありませんでした。子供の頃のあこがれの一台です。

 「サーキットの・・・・」の端役で良く出てくるという繋がりで(どーゆーつながりぢゃ)、初代サバンナ(RX-3)も珍しくキレイなものがあったので仲良く載せておきましょうね。現在の目で見ると、どのクルマもタイヤが小さく、そしてフェンダーの中にめりこんでいるのがわかります。トレッドも狭いんですね。

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 続いては、「いすゞぢごく(笑)」。まー、ベレット・ベレット・ベレット・・・。ようもこんなに集めたモン(いや、旧いマセラティに関してはヒトの事を云えた義理ではありませんが:笑)だと感心するくらいに「バリもん」が揃っております。こちらも「対象年齢:55才以上」の商品になってしまっていますけどね。若いヒトがこういうのの良さに気付いて「ベレG」コロがしてくれたりする時代はもうやって来ないのかなあ。美しいエンジンルームであります。「L26改換装済」みたいな「パチスカG」より、断然コッチが魅力的だよな。

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 確か、昭和37年だか38年くらいからあるベレット。年代や、ボディ車型によって様々な表情があります。そこもまた魅力の一つ。

 ここには写真が無いけれど、丸目2灯の「原初のGT」なんかは、ほれぼれいたします。ウル○ラセブンのある回で、地球防衛軍が開発した新兵器だったか、それの設計図だったかを、なぜかラリー選手になりすましたウル○ラ警備隊員たちが、隠密に使者のところまで届けに行くというハナシがあり、その時のラリー車が丸目2灯のベレットGTだったように思います(久しぶりの特撮余談:笑)。

 ジウジアーロデザインの「アルファロメオFRクーペシリーズ」とも、車輛の成り立ちや、そのデザイン変遷に似たものを感じますね。時期も似通っていますし。アチラはあくまでカッチョいいのですが、そのまんま和風テイストなところが可愛いベレットの方も今となってはむしろ味わい深いモノです。

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 117クーペ。ハンドメイド期のモノです。他社の旧車に比べても、トータル製造年数の長さや、製造台数の多さもあってか、今一つ旧車界における評価が低いというところが悔やまれます。いすゞ自体が新車からの経過年数に伴う残存台数の減少量が最も少ないクルマこそ、この117クーペであるとモデル最終期の頃には宣伝していましたし。この美しいテールラインは絶品です。ハンドメイド期の小さなテールランプユニットもイイ感じですね。Cピラーのヘアライン仕上げ、嗚呼、ステキだ!

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 そのエンジンルーム。最上級グレードにフューエルインジェクション搭載というのも地味ながら本邦の嚆矢でありました。

 先程のベレットGT-Rといい、いすゞツインカムユニットのエンジンルームは素晴らしい眺めですね。同時期の国産他社製品と比べても、なにか大人の完成度を匂わせている感じがします。「魅せかた」に長けているというのか・・・この路線での良心的な乗用車製造をヤメてしまったのは残念で仕方がありませんね。

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 117クーペのトランクセンターエンブレム。

 時代がベレットからジェミニ(コレも最初は「ベレットジェミニ」という名だったんですよ、ホントは)に移り、デザインは洗練されました(というか、オペルカデットと兄弟車なんで、恰好はガイシャ→というわけでジェミニ(双子星)を名乗っているワケです)。右の写真は後期型で、初期型て特徴的であった「逆スラントノーズ(アゴが引けた顔)」が普通のスラントノーズにされてしまって些かならず凡庸な顔に。

 コレも乗ってみるとすごくいいクルマだったんですけどね、系譜は途絶えてしまいました。やはり、ヨーロッパの味は多くの日本人の口には合わないようです。

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 ああ、ここに、ワタシの個人的な「真打ち」がおりました。マツダコスモスポーツ。

 このブログでも何度か熱い想いを表明しておりますので、「またか・・・」と云った感じでしょうか(笑)。若い頃から何度も欲しいとは思っていたのですが、その時代、その時代で「旧車界において、ビミョー(あくまでビミョーなんです:笑)に高く感じる中古価格」という、その販売価格推移に特徴のあるクルマで、「だったらいっそ、外車がいいよなー」についなってしまいつつ、ついにココまで来てしまいました。今日も「498万円」。・・・ねっ?ビミョーでしょ、やっぱり(笑)。トヨタ2000GTのバリもん価格が現今では2500万円以上。先程のハンドメイド117(同じくバリもん)が300万円弱。・・・やっぱ、なんだかなー。

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 往年のフェラーリ400スーパーアメリカからそのモチーフを得たフロントフェンダーサイドのプレスラインとスリット。そしてなんとも云えないオシャレなフェンダーミラー。

 右はヘッドライトレンズの曇りをとるためのエアインレット。

 総製造台数は確か1100台くらいだったと思うけど、何台くらいが残存してるんだろうなー。この出品車も堪らない魅力に溢れています。このカタチで三角窓があるのも、いい。

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 コスモスポーツのエンジンルーム。エアクリーナーケースの美しく再現されたブルーが目に沁みます。どうせ乗るならこういうの目指したいもんダヨなー。

 1950年代のGMあたりの「ショーカー」みたいなリアの造形美。どなたがデザインしたのか知りませんが、国産最高峰グッドデザイン賞をワタシが勝手に贈呈したい(マツダは迷惑だろうけど:笑)。

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 そこへいくってーと、なんか外車の部、つまんねーな。ムカシのプロ野球選手御用達、BMW3.0CSのエンジンと内装。

 まぁ、いいクルマなんだろうけどなー、やっぱりちょっと「クル」もんが足りないような感じがします。だいたい、カラフルじゃないよな、エンジンルームも室内も。ガッチリとした造りのリクライニングバケットシートだけが印象に残ります。ドイツ人はデカイですからね、これくらいしっかりとしてないと役不足なのでしょう。でも、ここでの人気はあって、常時人だかりが出来てたので、外装写真を撮るコトが叶いませんでした。

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 ナロー時代のポルシェ911Sをフルレストアし掛けての出品。4月完成予定だそうです。

 ネジ一本まで新品を使って渾身の作を目指しているそう。さすがに美しいですね。値段は、っと・・・「ベース車輛700万円、レストア費用800万円、合計予定価格:1500万円也」・・・(いいなあ・・・泣)。

 外車の部、他にもフェラーリを持ってきてたところがあったんですけどね、なんか場違いな感じで浮いてました。

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 実は本日一番の衝撃だったのが、こちら。・・・「異世界」って、まだまだあるんですね。世の中はこんなコトになってるんですか。「西○警察ヲタ」とか「あぶ○い刑事ヲタ」とかが大挙して日本中にいるのかしら。「ニッサンサファリ専門店」ってのもあるんだろうか。フェアレディのTバー専門とか。ある意味ウチの店よりニッチ!

 窓のボード見て卒倒しそうになりました。イタ車屋って(いうか、マイクロ・デポって)、つくづく難儀な稼業だなーと実感。「あのー、マセラティとかフェラーリってのもいいクルマですのよ」なんてね。ギブリなんか「あぶ○い刑事」にも出て来るし。だいたいウチのモンディアルtの超絶価格より・・・。あーあ!ソレでも、イタ車が好きだから続けられるのよねー(と前向きに愚痴ってみる:笑)。ともあれ、需要と供給のバランスは自由主義経済の基本原則ですからね。今より一層みんなが欲しがるマセラティやフェラーリを造ってみせるぞー!!

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 通路に置かれた怪しい手提げ類。コレは何?と思っていると・・・

 ・・・はじまりましたよ、キャンディーズ(のそっくりさん)コンサートが。出てくる出てくる、懐かしのキャンディーズ持ち歌。おざなりに紙テープが舞い、それなりに「カブリつき」のおぢさん(おぢーさんも)達は盛り上がって喜んでおります。

 来場客の年齢層ボリュームゾーンを50代前半から半ばくらいにおいての人選でしょうか。よかった、「美空ひばソ(かたかなの「ソ」)」ショーじゃ無くて(笑)。

 というわけで、このシリーズ、これにて一件落着!

 また明日をお楽しみに。

                        

2012年2月28日 (火)

Nostalgic2daysに行ってみたヨ(その2)

 昨日の続きから。とにかく、場内をくまなく歩き、コレはといった車輛をバシバシ写真に残します。どちらかと云えば旧車といっても国産車寄りのイベントですが、往年の国産車にはヨーロッパテイストの物が数多く存在するので、現在の目で見るとハッとするほど美しいと思うモノもまた多数あります。また、ムカシのモデルは(コレは世界的な傾向ですけれど)おしなべて小さいですよね、サイズ自体が。小さなクルマが好きなワタシにとっては、そこもチャームポイントのひとつに数えられます。

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 まずは、代表格の一台。一部マニアには非常に有名なクルマ、プリンススカイラインスポーツです。ウルトラQの主役たちがこれのオープンで活躍していました。

 右フロントフェンダーに誇らしげに貼りつけてあるのは、イタリアのカロッツェリア「ジョヴァンニミケロッティ」の作であることを示すエンブレムです。堂々たる体躯に見えますが実物は小さなものです。往年のランチアあたりにいかにもありそうなルックスですね。

 こういった、昔のエンブレム類は見事としか云いようがないデザインで、コレが貼ってあるクルマが欲しい!と今でも思わずにはいられないモノばかりです。このイベントでは目にしませんでしたが、日野コンテッサ1300クーペにもリアフェンダーにこのミケロッティエンブレムが付いてました。

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 続いては「チェリー2題」。このニッサンチェリーこそが、本邦本格的FF車の嚆矢であったことは、もはや忘却の彼方に忘れられかけているようですが、内外装のデザインと併せて、このパッケージは傑作だと思います。そのムカシ「コニー」などの軽自動車を製造していた、愛知機械工業(戦前の愛知時計→飛行機)を日産が吸収し、その製造ラインで作られていたという逸話もあります。特にマニアには、このハッチバッククーペのX-1Rはものすごく「クル」ものがありますよね。ワタシも欲しいもん、こんなに程度の良いものなら。

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 特徴的な丸型テールランプは(もちろんランチアの)ストラトスHFを髣髴とさせます。誰だ?ポーターキャブ(マツダ)に似てるって云ってるヤツ(笑)。

 エンジン周りも見事にレストアされていますね。ムカシの英国車のような美しく塗装された鉄製のタペットカバーです。SUツインキャブレターとそれに繋がる鮮烈なオレンジ色のエアクリーナーケース・・・タメ息が出ます。センスいいわあ、コレ欲しい。

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 お隣はノンハッチのX-1クーペ。こちらが、デザイン的にはオリジンと云えましょう。

 もう、今の日本じゃ、こんなにも小粋なクルマは作れないだろうな。見てください、このオシリのツンとすましたところなんか絶品ではありませんか。可愛いです。

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 一方で、当時の本物イタ車、アルファロメオスプリントヴェローチェ(ザガートボディ)です。「1957年 SVZ」と説明ボードにはありました。

 西暦で1957年と云えば、昭和32年、戦後12年、まだ東京タワーも完成前です。日本と同じく敗戦国であったイタリアでは、すでにかくも美しく破綻の無い造形を造り出すことが出来ていたのですね。デザインの天才的センスもさることながら、それを造り出す技術もまた存在したというところに驚嘆を禁じ得ません。多くの場合、レーシーなアルファロメオはロッソ塗色ですが、この消えゆくように儚い、微妙で薄いトーンの水色も素敵な塗色です。

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 フロントフェンダーの「コンレロチューンエンジン搭載車」を示すエンブレムと御馴染ザガートの紋章。

 トランクにも「スプリントヴェローチェ」「ザガート」と金文字で描かれています。とかく下卑たものに堕しがちな「金色」をここまで上品な佇まいに見せるデザインの手腕はイタリア工芸の面目躍如といった感じです。

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 この、微妙極まるテールラインをご覧ください。ルーフ後端部のわざと間延びさせた感じも効いています。ここで「間」をおけないのがジャパニーズデザインなんだよなー。この微妙なギリギリ感が見飽きないデザインのキモなんですけどね。

 顔の方は御馴染のアルファ顔。キュートそのものですが、きっと轟音とともに走るのでしょうね。その二面性もまたイタ旧車の魅力です。

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 さて、このエンジンは・・・そう、ホンダ1300空冷ユニットです。かの本田宗一郎さんが最後までこだわったという伝説の小型自動車用空冷エンジン。

 空冷と云えば、ポルシェやチェコのタトラが最後までやってたイメージですが、時代は廻り、フィアットも現行の500で「ツインエア」って空冷二気筒を出しましたし、ダイハツも次期軽自動車用エンジンではすべての車種での空冷化を目指しているらしい。・・・天才はいつの世もハヤ過ぎるのです。天性の技術者、宗一郎さんには、きっと40年先までが見えていたのでしょう。

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 確かな手ごたえのある太古の昔とウソくさい未来が並んでました(笑)。

 ムカシの英国車は、大衆向けでも重厚ですね。2トーンカラーの使い方もおしゃれで堂に入っています。デローリアンは、自動車史的には賛否両論飛び交うクルマですが、面白いことは面白いです。ただ、心に沁みてくる「何か」がウスいんですよね。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」での劇中主人公車としての活躍で、永遠に人々の心に残っていくコトでしょう。あまり映画を見ないワタシも、この三部作は何度も見直しました。

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 なにげない410型ブルーバードですが、なにか得体の知れないオーラがワタシを誘います。

 あぁ、ファンシーデラックスなんだ、これ。当時としては画期的な「女性専用車」として発売されたブルーバードなのです。アイボリーホワイトがなんとも上品。ピニンファリナデザインと云われる「尻下がりテール」は日本では今一つ受け入れられませんでしたけど、旧いフィアットと見紛うばかりのグッドデザインです。

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 内装のディスプレイがまた、いいじゃありませんか。手造り感溢れるニットのクッション。ダッシュボードやドアトリムも全面的にアイボリー(昼間は光って運転し難そうだけど:笑)でいかにも楽しげです。後席のピクニックテーブルには、当時の雑誌。そして、水筒がぶらさがっています。オーナーさんの小粋なしゃれっ気が伝わる楽しい一台です。

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  ファンシーデラックスの助手席サンバイザーには、ご覧のように化粧品収納ポーチが内蔵されています。

 何か時代を感じさせますが、国産の旧車はこんなところも楽しみのひとつではありますね。こんな素敵なクルマにのって、当時っぽい扮装に身を包み、「箱根」あたりにドライブに行って、ロープウェイや温泉など一通り満喫してみたいものです。1960年代富裕層の追体験が出来そうな楽しみに溢れています。

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 本日最後は、60年代の子供用ホンダモンキー(多摩テック場内仕様)と、70年代の不良用(笑)カワサキ750SSマッハⅢです。

 このモンキーは「本物テック仕様」なのかなー?ご覧の様に、前後のサスペンションすらもありません。モンキーはそもそも、かつてホンダがやってた遊園地、関東圏では「多摩テック 」「朝霞テック」などありましたが 、そこのアトラクション(乗り物)であったものを強引に商品化して公道を走れるようにしたモノです。スーパーカブ系のエンジン搭載で非常に丈夫。現在でも愛好家の多いシリーズですね。

 一方のマッハⅢ、ただカッチョいい(笑)。ワタシにとっては、もはや永遠のあこがれになってしまいそうですケドね。 やっぱ、「これなら買える」と思ってる時期には多少無理してでも買っておくモンですね(ウチの店でマセラティを買おうか買うまいか悩んでいるヒトも、きっとそう:笑)。ワタシなんか、我が身を振り返るとそういうのが実に多くて(クルマ・オートバイ・プラモetc)・・・ 。「もう」は「まだ」、「まだ」は「もう」、このサジ加減が難しいんですけどねー。今からでも間に合うモノ、どれくらいあるかなぁ。人生、前向きに考えるコトにします。

 それでは、また明日。このシリーズはまだ続くんだろな、きっと(笑)。                

2012年2月27日 (月)

Nostalgic2daysに行ってみたヨ(その1)

 日曜日は朝から晴れるというハナシだったのに、なんだかどんよりとした空です。先週の疲れでカラダ中がイタいし、「これから、傘さして出掛けるのぉー?」といった感じではありましたが、イキましょう!思い切って。

 練馬区土支田の仮住まいアパートから、通りに出てバスに乗り、地下鉄成増駅にまいります。「新都市線」という地下鉄はハナシには聞いていたのですが、便利ですねー。たまたま「特急」というのが来まして、それに乗車したところ、気が付いたら渋谷に。うぉー、コレは速い。東急東横線に乗り換えて、今度はみなとみらい線という新しいラインまで一気に。これまた「特急」ですと想像していたよりも速かったですね。まずは終点の駅まで行き、中華街で朝昼兼用メシでも食べようと思いまして・・・。

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 みなとみらい線というだけあって、駅構内はドーム状の未来都市風ですね。

 とにかく大深度を掘ってあるらしく、急こう配のエスカレーターが延々と続きます。振り返るのコワかったけど、頑張って撮影してみました。独特の空間的雰囲気が伝わっているといいのですけれど。

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 久しぶりに中華街に行ったら、いつも馴染みにしていた店(中華街のハズレにあって美味い)が、少し前に店をたたんでしまったらしく、あるべきところにありません(泣)。

 仕方が無いので、別の店でランチメニューを食べたらボリュームありすぎで、「はらポンポン」状態に。中華街を出て山下公園を右手に見ながらハラごなしに歩いてバス停を探します。いきなりヨメが「あぁっ、トヨタ2000GTよ!」と指を指しつつ叫んでいます。続いてはジャガーEタイプ+2クーペ。反対側の車線からはホンダ1300クーペ9がカっ飛んで来るし、しばらくすると、ロータスヨーロッパスペシャルが爆音高らかに登場。・・・「あー、カメラ、カメラ・・・」とあたふた探すも重ね着した服のどのポッケに入ってるかがにわかに判らずぜーんぶ、撮影し損ないました(笑)。とにかくココは、時空がクルっとる。

 バス停で、経路図見てたら、並んでた地元風のおぢいちゃんが、「大桟橋行くなら、バス乗るより、ソコ歩いてった方が近いよ」と教えてくれたので、可愛いレトロバスをあきらめて、全行程を徒歩で行く決心を固めました。ああ、「チャリタクシー」もたくさん徘徊していましたけどね。いっそ、ハラごなしというコトで、とことん歩こうというコトに。

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 今までこのあたりに来る時には間違いなくクルマで来ていたので、テクテク歩くのも新鮮な発見があって面白いモノでした。

 大桟橋を右手に見ながら、「象の鼻波止場」というところを歩いていきます。美しい景観の公園です。30年前なら、「デートコース」に最適とか思うところで、ここはチェックしておこうといった感じだったのでしょうけどね(笑)。

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 左手のガードも人道橋らしいです。ムカシは「可動ギミック」がきっとあったのでしょうね。

 埋め込まれたプレートには、ワタシの生まれ年が刻まれておりました。ああ、なんか海っぽくてイイ感じです。雨が時々パラつくのは想定外だよなぁ。

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 「あ○ない刑事」などで御馴染の赤レンガ倉庫というヤツが見えてまいりました。

 近づいてみると、テレビバラエティ番組の収録が行なわれている様子。さらに寄って写真撮ってたら、「ヒトばらいの兄ーちゃん」にオコられた(笑)。だったら、日曜の真昼間に観光地の人ゴミの中で収録なんかするなっつーの!こうして注目されてるウチが華ですよーだ。お笑いタレントが5人くらいいました。ワタシですら知ってるような、それなりに(面白くないケド)有名な面々でした、と云うに留めておきます。

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 環状に歩道橋を形成した「なんとか(正式名失念)サークル」というのを渡りますと、いよいよ「みなとみらい」地域の建物群が近づいてまいります。

 20年ほど前に来たときには、ランドマークタワーと、コスモクロック21(だったかな?)という写真の観覧車、そして、インターコンチネンタルホテルの3つしか目を引く建造物は無かったモノですが、今では、ランドマークタワーが「ランドマークの役割」をしていないと思えるくらいに、高層の建物が林立しています。20年は「ふたムカシ」なんですね、やっぱり。

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 と、歩いていくと、なにやら中に行列の見える建物を発見。「バーゲンでもやってるのかな?」と中を凝視すると・・・

 あぁー、これが名にし負う「カップヌードルミュージアム」ってヤツなんですか。最近オープンしたとかで、何かと話題のスポットですね。行列は「マイ・カップヌードル」の製造工程に並ぶ人々なのでしょう。世界にひとつだけのカップヌードル造りの参加費用は300円。入場料は500円だけど、家族で一日遊ぶにはもってこいでしょうね。こりゃ、混雑するのも頷ける。今度は、コレ目当てでみなとみらいに来てみよう(笑)。

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 はい、左の写真、真ん中がランドマークタワー(ですよね、確か:笑)とその周囲に立つ高層ビル群。

 そして、右の写真。特徴的なフォルムのインターコンチネンタルホテル。隣の低いのが本日の会場たるパシフィコ横浜エントランス棟です。

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 なーんか、人っ気も少なくて薄暗いコンコースを延々と奥まで歩き、エスカレーターで階下に降りますとようやく会場入口を発見。よかった、ホントにやってて。

 入場券をモギってもらい、早速、中に入りますと、いきなり目を引いたのが、ニッサンの「3代目シルビア(もしくは初代ガゼール)」ベースのラリーカーです。「240RS」とか云うんでしたっけ(違ってたらゴメン)。コレ以前に見たコトあるなー、千葉の奥地のダットサンイベントで。

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 場内アナウンスで、しきりになにか怒鳴っているので、なんだろうとイッてみますと・・・おぉ、トミカスカイライン長谷見仕様・・・んっ?アレは紛れも無く長谷見昌弘選手御本人ではありませんか!ヨメが「あのおぢさんダレ?」とか失礼なコトを申しますので「ハセミだよ、ハ・セ・ミ!本物の、カーレーサーの」「ゆーめい?」「ちょー、ゆーーーめい!!(笑)」

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 往年のスーパースター来臨に、ギャラリーの「ジジイども(失礼!)」の目はみな一様にハートマーク。特に「ニッサンヲタク」の皆さんは、体中の色んなところにサインしてもらってました。

 なんとか近寄って正面写真を一枚でもと思いましたが、あまりの人の多さに近づくコトが出来ません。手ぶれ写真がようやっと。

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 会場の真ん中には、当イベントの目玉のひとつである、「トラック野郎(リンク先、音出ます)」のデコトラが鎮座して存在感を放っていました。

 人が周囲に張り付いているんで、なかなかいい写真が撮れません。どうにか撮影に成功したのが、ここの数枚のもの。

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 当時、バンダイから発売されていたプラモ作ったわ、そー云えば。パネルバン部分の大面積サイドデカール(ただのステッカーだったような気も・・・)を貼るのに苦労した思い出があります。

 菅原文太さん、キンキンさん・・・何もかも皆懐かしい(ヤマト、沖田艦長の声で:笑)。

 続きは、また明日!

 

2011年11月11日 (金)

ヴェトロモンターニャ高野山2011にシャマルで行く(その4:最終回)

 いよいよイベントも、2日目(11月6日、日曜日)のフィナーレとなってまいりました。走行会最後の参集場所は「ちかつゆ(近露)」という熊野詣でのお客さん用に用意された道の駅です。熊野大社を出るときに、これでツルんで走るの最後だから、どれか好きなクルマの後ろについて走りたいなあーとココロの叫びが。ワタシ「ロータスヨーロッパかディーノの後ろがいい!」りゅたろう先生「えぇー?ヨーロッパ?やだよぅー」→結局キマリ通り番号順というコトで、さらにカウンタックの後塵を拝することに(笑泣)。けれども、コレが僥倖。カウンタックパパさんは、トンネルの中で「くぉーーーーーーーん!」を何度もヤッてくれまして、そのたびに、4本のテールパイプからは「ぼっ、ぼっ、ぼーっ」と青白い炎を噴射するので、「カッチョいいなぁ、もう!!」とりゅたろう先生と手を取り合って喜んでおりましたよ。有難う!!このあたりの描写は「りゅたろう先生のブログ」にも出ています。そちらも、どうぞ。

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 で、最後の集合場所に到着。初日と同じように番号順に整列です。我らがシャマルはサブエントリー番号003番。いつも002番カウンタックと004番2000GTにハサまれています。

 どちらも、洋邦の二大人気車で、さしてクルマに興味のないヒトでも知ってる超有名銘柄ですから、こうして展示していてもシャマルにべったりの変人(笑)さんはあまりいらっしゃいません。試しにボンネットを開けっぱなしにしておくとヒトが群がるようになるから不思議。

 雨のあいまの薄曇り、夕方になってまいりました。施設の裏手はなんともイイ感じの風景で思わずパチリ!

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 実を云えば、2日間も一緒に居るのに、他の展示車をゆっくり眺めまわす余裕はあまりありませんでした。

雨が降ってきちゃったので、内装を見せ合ったり、エンジンルームをしげしげと拝見したり出来なかったのが、いささか惜しいです。落ち穂拾いのように、場内を撮影して回りました。オレンジ色のメアリを挟んでシトロエン2CV、ジネッタG4。右はモーガンを始めとする英国車御歴々。

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 ディーノ246GTの後ろ姿。奥に側面が見えるディーノはすでにご紹介したGTS。

ロータスヨーロッパのエンジンルーム。青いカムカバーはノンオリジナルですが、美しく仕上がっていました。サイドドラフトキャブレターがイカしております。

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 フィアットアバルト2題。リアエンジンフード「開きっぱ(笑)」がデフォルトという、イタリア人にしか造れないテキトーさが、また愛おしいマシン達です。 カルロ・アバルトおぢさん、やっぱビョーキです。このあたりはワタシも若い頃にすこぶる欲しかったんですけどねー、ついにご縁がありませんでした。

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 アルピーヌA110のリアエンジンルーム。あのペッタンコのクルマのうしろにこんな搭載方法で乗っかってるところが・・・ゴルディーニさんもイッちゃってマスね(笑)。ものすごリアヘビーで、冷却とかもちゃんと出来てるのか老婆心ながら心配でタマりません。フランス人がポルシェ911にラリーで勝ってやれとか思って造り上げた回答がコレですから。ラテンの血、侮り難し。そうそう、そういえばナロー911Sが3台も来てたのですが、ついに写真に納めるのを忘れました。ごめんなさい!好きそうなおぢーちゃん達がポルシェを囲んで懇談しておりましたっけ。さらには、ある意味今回の参加車で最もコンペティティブな一台、ロータス23Bもご紹介がまだでした。もう、ペッタンコの権化、臙脂色のシートもいい!

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 ヴェトロモンターニャ熊野来臨を歓迎して、地元のお若い方々が「太鼓パフォーマンス」を演じてくださいました。

 参加車が散会する折にも、最後まで、「どんどこどんどこ」と景気を付けてくださいました。とかく、宴のあとには「もの寂しさ」だけが残るモンですが、おかげさまで陽気に送りだしていただけましたよ。有難うございました。

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 参加者全員とスタッフ全員が各々の労をねぎらうフィナーレパーティー。ほとんどすべての方々がトロフィーをもらって御満悦。りゅたろう先生、バスト・・・ぢゃなかった(笑)、「ベストダンディ賞(めっちゃダンディ賞)」をもらって、すっかり上機嫌です。シャマルの運転席につくと、もう「いつものポーズ」でカッコつけています。○○(自主規制:笑)としか云いようがありません。コノ御茶目さん!

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 会場の出口でも、最後の最後まで、山ほどのお土産を車中に差し入れて頂き、本当に「もてなしの心」が胸に響きました。

ここまで、参加者とスタッフ、そして開催地の住民の方々が一体となって行なわれるカーイベントはちょっと他には無いかも知れません。りゅたろう先生がワタシたち夫婦を「半ば強引に」引っ張り出してくれ、得難い経験をさせて頂いた事にはあらためまして感謝です。想えば、この夏休みに大分のりゅたろう先生のもとへお目に掛りに行った折、「ワタシがまだ行ったことのない国内の未踏地は和歌山県と宮崎県だけになってるんですよねー」と思わず漏らしたところ、「だったら、高野山に行きませんか?和歌山県だよ。」とお誘い頂いたのが発端でした。ワタシがイベント参加には消極的であるのを御存じの上での強い御誘いでしたので、「ええ、まぁ、前向きに善処しときマス。おとうと達にも諒解を得ないとイケませんから。」と玉虫色の発言でその場はお茶を濁しておったのですが、そのうち、りゅたろう先生独特の非常に癖のある書体で「紫色のインク(まるでエンツォ・フェラーリみたい:笑)」を用いて認められた「岡本おとうと達への長文の手紙(ワタシがイベントに参加出来るよう、取り計らってくれと説得懇願し、外堀から攻めようというもの:笑)」が9月の始め頃デポに配達されまして「こりゃ、ホンキだぞー(笑泣)」というのが分かりました。「人徳」です、やっぱり。

 駅に向かう帰り道、前方を走るMGマグネットのテールを眺めながら、本日ここまでの交々を想い返しておりました。そのうち、MGさんも「さよなら」。シャマル「ひゃんっ!(2連エアホーンの音)」MG「ヴィン!!(ホーン音)」・・・ああ、ついに「完全に」終わってしまいました。

 先ほどの会場で、一番最寄りの駅は「JR白浜駅」だと参加者の奥さまより伺っておりましたので、一路目指してはいるのですが、一向にスピードが上がりません。しばらくすると原因が居ました。BMCミニがロープ付けてけん引されているのです(イベントのギャラリー車であったと思われる:笑泣)。ナビの「予定到着時刻」を見つめるりゅたろう先生も段々とシリアスな目になってまいりました。「こんなんで、間に合うんかなー、あー、途中どっかでトイレも行きたいし」と二律背反なコトを云っております。

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徐々にペースも上がり、白浜駅のホームがようやく見えてまいりましたが・・・「あああー、とっきゅー停まってる!!」と叫ぶワタシ。駅の駐車場にスベリ込むと、すでに発車を告げるベルが鳴り響いております。飛び降りるようにシャマルをあとにする先生。すかさずトランクを開き、先生の荷物を降ろしつつ分類する、たこちゃんヨメ。「乗れるのーー!」と叫ぶワタシ。先生が改札の横で大きく頷いています。「急がなきゃ!」スーツケースと御土産バッグを引きずって「スタコラ走る」たこちゃん夫婦。特急は待っててくれました。入場券も買わずにホームになだれ込み、先生と荷物を列車に押し込めて改札のそとに出る・・・「ぷしゅー」ドアは閉まり、りゅたろう先生は、いきなり車中の人となりました。ああ、遠方なのでまたいつ逢えるかわからない。もっとゆっくりとお別れの時間を噛みしめたかったのに・・・。

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 白浜の駅では、まだ「助手(下僕:笑)」のシゴトが残っております。ゼッケンシールを剥がして、ボディを拭きあげます。「シャマルさん、あんたもお疲れさんでした。1,000キロも頑張ったんだよねぇ、エライ、エライ」となでなでを。

 その夜は大阪の堺まで歩をすすめて、安いビジホに宿泊しましたが、ここのベッドが大外れ(泣)。一晩でカラダの節々がイタくなりました。高野山の宿坊の布団は最高級の寝心地の立派なものでしたので、早くも「もうお山に帰りたい」気持ち(笑)。翌朝は隣町の「大阪南港」へと市街地ノロノロ運転で向かいました。

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 いつも当店が長距離陸送を依頼する「ゼロ」さんの大阪物流センターに到着。車輛チェックをしてもらい、引き渡しました。コレですべてのミッションが完了です!さあ、心斎橋あたりの「タコ焼き」屋にでもイッてみましょうね。ちょうどお昼頃には到着出来るかな。

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 ・・・と思いきや、こんな僻地には、市営バスもなかなかやって来ない。「真っ白な」時刻表をご覧あれ(泣)。

タコ焼きにありつき、新大阪を目指し、のぞみに乗車します。ヨメは「551蓬莱(関西のヒトしか分からんだろうけど)」のシューマイを本店でゲットしてご機嫌です。席につくやいなや「ぷしゅっ!」であることは云うまでもありませんね。

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 N700系のぞみは3号車と15号車に「喫煙コーナー」が付いています。今回は15号車の指定席。

 スジャータのスーパープレミアムアイスクリームは新幹線旅行のお楽しみです。カチンカチンに凍ったヤツをしばらく融かして食べるのが流儀なんですよね。出張族には御馴染のハズです。

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 帰宅して、あらためてパンフレットを眺めます。

 ヴェトロモンターニャ高野山2011・・・本当に素晴らしいイベントでした。

 このような機会を設けてくださった「りゅたろう先生」には、この場をお借りいたしまして御礼申しあげます。有難うございました(月曜日に、お忘れ物のムービーカメラほかが医院に到着いたしますヨ:笑)。

 ワタシもヴィンテージカーを一度は手に入れて、「正規参加」を果たしてみたいなあー。1960年代のマセラティかぁ・・・嗚呼、無理無理(泣)。ワタシの稼ぎでは、どれもこれも。

また、一生懸命にハタらきマスかぁー!!

このシリーズ「完」。